【クダンノフォークロア】レビュー・評価 崩落寸前の凡作。山場のために歪められる人物とその心理。

1.0
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人の心を揺らすのは、出来事そのものよりも、そこに至るまでの文脈です。

例えば「東大に合格した」という出来事そのものを聞いても、感動する人はいない。しかし「経済的事情で塾にはいけず、身内の不幸にも見舞われ、それでも懸命に努力を続けた結果、東大に合格した」ならば、いくらか変わるはずです。

物語においてもこれは同様です。どんなに演出しようが、凝ったセリフを言わせようが、そこに至るまでの文脈が不十分なら、人の心を動かすことはできません。

「このシーンで、受け手の心をこのように動かしたい」

そう思ったならば、シーンそのもの以上に、そこに至るまでの文脈を疎かにしてはならないと思います。

今回遊んだ『クダンノフォークロア』は、この文脈の形成に大きく失敗しています。山場を見せることばかりが先行し、至るまでの文脈が不十分、あるいは強引になってしまっているため、物語が歪んでいます。歪みは不自然さや奇妙さとして表出しており、物語のそこかしこにヒビを入れています。どこを突いても崩落しそうな、完成度の低い作品であると感じました。

当然、オススメできません。

タイトルクダンノフォークロア
ジャンル百合系フォークロアADV
対応機種Switch、PC
価格4,300(Switch、DL版の価格です)
プレイ時間の目安8時間

総評

難点の多い作品だと感じました。

恋愛とミステリー、どちらにもシナリオ運びに不自然な点がいくつも見られます。プレイしていると次から次へと問題点が現れます。

最大の問題点は、物語の山場を見せることばかりに一生懸命で、それ以上に大切な文脈が歪んでいることです。この歪みは、キャラクターの不自然な行動や心理としてそこら中に表れています。

恋愛面では、キャラ同士が相思相愛で結ばれる過程の描写が不十分なまま、山場へと突入してしまいます。そのくせ山場は大きく演出され、キャラはドラマチックな台詞を口にするのですが、そこまでパートナーを想うだけの心理を物語中で示せていないため、ご都合と不自然さを覚えます。

ミステリ部分も同様です。主人公に謎を解かせたいがあまり、犯人があからさまにボロを出したり、ナゾ多き事件を演出したいがために、珍妙な理由で行動を起こすよう描かれてしまっています。

ミステリという試練を乗り越えて恋愛に至る構造を描こうとしたのだと憶測します。しかし両輪どちらも上手く回転していません。次から次へと無理矢理なシナリオ展開や、キャラが作り手の都合で動かされるなど、歪んだシーンが現れます。これは主人公にすら例外なく及んでおり、作中、平然と窃盗や住居侵入行為に走るシーンがあるほどです。

また文章の拙さも深刻です。語彙が貧しいのか表現被りが多く、加えて読者を混乱させる意味不明な比喩表現が頻発します。

極めつけの問題点は、女性同士の恋愛を描いた作品でありながら「男っぽい」や「女はかくあるべし」という、性別を基準にした価値観が罷り通っていることです。人を「男/女はこうあるべき」の古い型にはめて良し悪しを決定しつつ、そのくせ型を破る女性同士の恋愛を描こうというのは、何かひどく矛盾したものを感じます。

オススメできません。シナリオは褒められる点を探すのが難しい。強いて言うならビジュアル、サウンドの品質は求められる水準に達していると感じます。しかし価格帯を考慮すれば、これも特筆できるものではありません。

詳しいレビュー

物語を通して深まることなく、設定レベルの関係のままスライドするだけの恋愛

山場に向かうまでの過程の描写が不十分であるため、キャラクターの心の動きが不自然に見える。これが本作の恋愛面での問題点です。

本作の恋愛は、物語を通して深まっていくように描かれていません。キャラ設定のレベルで始まり、そこで完結してしまっています。にも関わらず、山場では演出と共にドラマチックな台詞を言います。そのため山場から読み取れるキャラの心理と、そこに至る過程から読み取れる心理が繋がっていないように見えます。ろくな深まりもないのに大仰な台詞と演出で愛を語る姿が、不自然で、キャラがご都合主義的に動かされているように見えてしまいます。

本作で描かれる恋愛は、設定レベルで始まり、そして完結してしまっています。どういうことかと言うと、主人公はもともと「ヒロインのような人が好き」という設定を持っており、ヒロインも同様に「主人公のような人が好き」という設定を持っているのです。本作のキャラは、こうしてお互いが元々持っている設定で惹かれ合い、それ以上深まることなく設定で完結します。

とはいえ、関係を更に深めようとする試み自体は見られます…が、失敗しています。設定レベルの「こういう人が好み」から、設定を越えた「この人がいい」まで動く様を描けていません。正確に言うならば描こうとしているのですが不十分で、関係が深まる様が読み取れません。

物語内で関係が深まる様子が読み取れないのに、山場ではいかにも強い絆で結ばれているかのように描かれるため、ここで乖離を覚えます。「好みのタイプである」程度の関係から進展するだけのエピソードを描けていないのに、進展したことにして、見せ場では大仰に喜怒哀楽を演出する。ドラマチックな愛の言葉を言わせる。これには「この二人はいつの間にこんなに好き合ったのか?」と、疑問を抱かずにはいられませんでした。

このような点から、本作は山場から逆算した過程の構築に失敗していると感じます。大げさな愛の言葉は、その人に思い入れがあるからこそ出てくるのだと思います。問題はどのような過程が、そこまで想わせるかです。本作はこれを描けていないので、きっかけもなく急に関係が進展するような不自然さや、キャラが作り手の都合で動かされている気持ち悪さばかりを感じます。

もちろん、分かりやすいきっかけなどなくとも、関係が進展することはあるでしょう。しかしそれが受け手に伝わらないなら、描けていないことには変わらない。きっかけ無しで関係が進展していった様子を、プレイヤーに伝える描写が必要であります。

本作は設定レベルで始まった関係が深まっていく様を、物語の中で表現できていません。出会った時点での関係がそのままスライドするだけで、進展する様子など見られないのに、あたかも進展したかのように山場を見せる。結果、心理の動きは不自然に見え、物語の都合で歪められているようにすら映る。これが本作の恋愛面の問題点です。

名探偵にしたいがゆえの、不自然な事件の展開

本作のミステリ部分は恋愛部分と同様、描きたいシーンから逆算した文脈を作ることに失敗しています。

詳しく言うと「主人公が名探偵のような活躍をする」展開を実現するため、人物の行動が不自然になってしまっています。この不自然な行動は、ミステリとして致命的な部分にまで及んでいます。もちろん解かれることが前提のミステリある以上、犯人はどこかで不自然な行動を取るものでしょう。しかし本作の場合、これがあからさま過ぎます。また不可解さのある事件を作りたいがために、人物の行動が珍妙になってしまっている部分がいくらかあります。このような点が、本作のミステリ面での問題点です。

本作のミステリ部分に関わる人物は、しばしば不自然な行動を取ります。例えばある犯人は、明らかに身を隠すべき状況で、なぜか自分から姿を見せるなどします。まるで事件解決のカギを自らの与えにいくように見えます。

とはいえ、ミステリとはこのような不自然さをきっかけにして事件を解いていくものでしょう。どんな作品でも、どこかで不自然な行動を取る人物が現れるのは当たり前だと思います。

ですから、私が感じている本作の問題は、その不自然な行動そのものと言うよりは、それがあからさまであることです。絶対に隠蔽しようとするはずの犯人が、どうしても出してしまうボロ。これが犯人の小さなミスではなく、まるで探偵に解いてもらうために取ったかのような、マヌケな行動の結果として描かれてしまっている。これが問題です。

どこかでボロを出さなくてはいけない。とは言え、犯人とてバレるまいと必死なわけですから、そう簡単に見せるはずがない。

しかし本作の犯人は「さぁ、解いてくれ」と言わんばかりにボロを出します。ここから、主人公を名探偵として演出したいという作り手の魂胆が、透けてしまっています。主人公に解かせたいという狙いが先行するあまり、人物の行動が不自然になっています。

これでは本末転倒です。攻略不能に思える謎を解くからこそ、主人公が名探偵として演出されるのですから。解いてもらうために不自然な行動を取る犯人を暴いても、それは主人公が凄いのではなく、犯人がマヌケなようにしか映りません。そのマヌケな行動に納得のいく理由が伴わないのなら、それは作り手の都合が介入しているように読み取れてしまいます。

この失敗は、本作のもう一つの柱である恋愛にも悪影響を及ぼしています。主人公をミステリ部分で名探偵として描くことで、ヒロインにとっていっそう魅力的に見えるよう描きたかったのだと憶測します。しかし前述の理由により、主人公が凄いというよりは犯人がマヌケだったように見えてしまっており、これでは主人公の魅力が表現できないからです。

ご都合主義の極み、平然と犯罪行為に走る主人公

恋愛とミステリ、どちらにも山場へ持っていくために過程が歪められている本作。その歪みの極致であると私が感じるのは、作中、主人公がやる犯罪行為です。

主人公は物語中「今日一日連絡がつかないから」という理由で、あるヒロインの家にベランダの窓から侵入します。また別のヒロインに対しては、その人が事件に関係している証拠を探すため、自宅のカギを盗みます。

見せたいシーンに持っていきたいがあまり、人物を歪めて話を進めてしまっている最悪の例です。

カバンから彼女のマンションの鍵を奪い…!?

貧しい語彙。混乱を招く比喩表現。

本作は文章が上手くありません。

表現被りやプレイヤーを混乱させる比喩表現がとても多いです。明らかに推敲で回避できたであろう部分すらいくつも残っており、詰めの甘さを感じます。語彙不足や珍妙な比喩は、不必要な形で書き手を前景化し、受け手の物語への没入を妨げる要因にもなるでしょう。

本作の表現被り、混乱を招く比喩表現は、数え上げれば切りがありません。例えば月光に対する「蒼白い」という表現は短い間に何度も繰り返されますし、比喩も上手くない。オシャレな文章を書こうとして、むしろ意味不明な比喩だらけになってしまっています。

例えばあるシーンでは、夕焼けに染まる雲を「城でも隠していそうな」と例えたかと思えば、そのすぐあとのテキストで「オレンジ色の電燈を抱えたような」と表現します。前者は雲の大きさ、後者は雲の色を比喩した表現ですが、同じ雲に関する表現であるのに、比喩が城から電燈へと節操なく飛んでいるため、読者のイメージを膨らませるというより、意味の散乱による混乱の方が大きいと感じます。

「暗所で生理的嫌悪感を引き出す甲虫を視たかのように」は比喩として冗長すぎます

表現被りも多いです。特に頻出する表現は「分水嶺」や「素封家」、月光に対する「蒼白い」などです。珍しい言葉は、一つの物語内で繰り返し使うと、珍しいだけにクドさが増します。

本作は文学作品ではありませんから、表現についてうるさく言うべきではないと思われるかもしれません。しかし本作は婉曲な比喩を使ったり、珍しい言葉を用いるなど、ここに拘るポーズを取っています。ならば、一般に美しくないとされるくどい言語表現や、上手くない比喩を排除できていないのは問題点として浮上してしまうと考えます。

特に表現被りは推敲によって解決しやすい問題なだけに、これが頻発するのは、詰めの甘さを感じます。

あからさまな文章の拙さは、単に美しくないというだけでは終わりません。なぜなら不必要な形で書き手を前景化…目立たせるからです。珍妙な表現は、キャラクターたちが織りなす物語に、それを書いている書き手の存在をちらつかせます。これは物語の世界への集中を妨げ、プレイヤーを醒めさせてしまう原因になると考えています。

罷り通る「男/女はこうあるべき」という時代遅れな基準

本作はとにかく「女なのに」だとか「男っぽい」だとかの表現が多いです。

そもそも主人公の悩みが「女なのに性格が男っぽくて、くせっ毛、つり目など外見にも男っぽい特徴を持っていること」ですし、あるヒロインに魅力を感じる最初のきっかけも「理想の女性像だから」です。しかしそもそもの主題である“百合”は、古くさい「男/女はこうあるべき」に捕らわれない関係なはずです。にも関わらず、「女なのに男っぽい私」だとか「女らしいあの人」みたいな、ありもしない性別の基準で人を見て、あまつさえ基準に当てはまるから魅力的だとかそうでないだとかの話をするのは、ひどく矛盾していると感じます。

本作の主人公は悩みを抱えています。その一つが「女なのに男っぽい」ことです。その理由は性格の他、くせっ毛、つり目などの身体的特徴に寄ります。これは言うまでもなく、変な考えです。くせっ毛やつり目に男女は一切関係ありませんし、性格など、男だろうが女だろうが、こうあるべき、あるいはこうあった方が良いという基準は存在しません。

もちろん、主人公がどのような人物像に憧れるかは自由です。だから単に「こうありたい」と思うだけで十分であり、そこに存在すらしない性別による基準を持ち込む必要はないと思います。

主人公はあるヒロインに「理想の女性像だから」という理由で魅力を感じますが、これでは性別を基準にした「こうあるべき」を通した上でのことになってしまうと思います。その人そのものを見ていないのではと感じます。

くせっ毛もつりめも口調も、全部そのまま、そういう女性でいい



誤解のないよう言っておきますと、主人公の好みが問題なのではありません。女はこうあるべきで、あの人はそれに適合しているから魅力的である…という、前置きが問題です。主人公はそういう女性のまま、自分とは違うタイプの女性を魅力的に感じる。それで良いと思います。女性の理想像に適合しているかどうか…だなんてフィルターを通す必要はありません。

そうして散々、性別を基準にした価値観をさも当然であるかのように描きつつ、そのくせ本作は女性同士の恋愛を描きます。しかしその恋心に、理想の女性像だとか、あるいは「女なのに男っぽい私」というフィルターを通しているなら、結局、そのパートナーの奥に見ているのは異性の姿ではないでしょうか。くせっ毛だろうがつり目だろうが「そのような女性」でいいし、そのまま、女性同士で恋愛をすれば良い。

旧来の性別に基づく基準を越える関係を描くはずが、結局、性別に基づいてしまっている矛盾を覚えます。

終わりに

いくつもの問題点を抱えた作品です。元は2019年発売ということを考慮しても看過しがたい古い価値観も散見されるため、気分を害する恐れすらあるでしょう。オススメできません。

※続きからネタバレありで、レビューの根拠となってるシーンの提示をします。興味のある方はどうぞ。

タイトルクダンノフォークロア
ジャンル百合系フォークロアADV
対応機種Switch、PC
価格4,300(Switch、DL版の価格です)
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