13年は、長い。
「月姫」のリメイクが発表されたのは、2008年らしい。
当時「Fate/stay night」のヒットで、とっくにテキストADV界を代表する存在だったTYPE-MOONだけど、この月姫のリメイクは、Fateの次の作品として、凄く話題になったんじゃないだろうか?
でももちろんテキストADV界は、13年間「月姫」を座して待っていたわけじゃない。
止まることなく動き続けた。
2008年12月 「428 ~封鎖された渋谷で~」が出た。
2009年には「STEINS;GATE」と「装甲悪鬼村正」が、2010年には「WHITE ALBUM2 -introductory chapter-」が出たし、その後は「ニューダンガンロンパV3 」だって「レイジングループ」だって「グノーシア」だって出た。
歴史は、動き続けた。
そして2021年8月26日。ついに出た。
「月姫 -A piece of blue glass moon-」が、出た。
でも正直、この13年間で生まれた名作たちの前には、いくら「月姫」だって、霞んじゃうんじゃない?
13年分の不安があった。
でもそれは杞憂だった。TYPE-MOONは、やっぱり凄かった。
「月姫 -A piece of blue glass moon-」
その内容は、13年の歳月に見合った大満足の仕上がりです。
シナリオは、日常シーンの時点で夢中になってしまうほどハイレベル。
それを支えるCG、背景、サウンドも総じて高品質です。
深みのある世界観と巧みな状況、心理描写も光り、歴史を一歩進める傑作だと感じました。
タイトル | 月姫 -A piece of blue glass moon- |
ジャンル | ADV(ノベル) |
対応機種 | PS4 / Switch |
価格 | 初回限定版 :8,800円(税込) デジタルデラックス版(PS4のみ):8,250円(税込) 通常版 :7,700円(税込) |
プレイ時間の目安 | 25~30時間 |
総評
「月姫 -A piece of blue glass moon-」は、2000年の冬コミで登場した作品のリメイクです。
リメイク発表から13年の時を経て、ついに発売になりました。
幼いころの事故がきっかけで、“それを切ると対象が死ぬ線”が見えるようになった主人公、遠野志貴。
それに悩まされつつも平穏な日常を過ごしていましたが、とある出来事と出会いにより一変。
街に潜み、人を殺し続ける“吸血鬼”との戦いに、巻き込まれていきます。
ビジュアルノベルとして、最高峰の作品であると感じました。
ゲーム一本にはとても収まりきらないほど、広大かつ緻密な設定で構築された世界。
そこで展開される物語は、プレイしていて退屈させられるシーンが何一つありません。
起動してまず始まるのは、時代に逆行するようなプロローグ。
どこの誰の話なのかも分からず、淡々と語られ、当然のことであるように血が流れる。
この時点で既に、作品世界にのめりこんでいました。
その後は軽妙なセリフ回し、振り回されっぷりが愉快な日常シーン。思わず笑顔になってしまいます。
良いADVは日常からして面白いもの。
とはいえ本作に求めている点ではなかっただけに、これには驚かされました。
非日常、バトルシーンになれば、いよいよライターの本領発揮。
巧みな心理と状況の描写、「転」を大量に仕込んだ展開の連続で、遊ぶこちらを作品世界に引き込んできます。
小説的な文章が長く続きます。
しかし一文一文が何かを描写し、動かしていくため、無駄や冗長さを感じません。
そのため、飽きや疲労を感じることがない。
これだけでも素晴らしい「月姫 -A piece of blue glass moon-」
しかし、私が本作の最大の魅力だと感じた点は、熱いバトルでも笑える日常でもありませんでした。
私が最も心を動かされたのは、主人公とヒロインがお互いを必要とし、深くつながっていく様。
「 月姫 -A piece of blue glass moon- 」の恋愛物語としての、ギャルゲーとしての、一面でした。
時に血なまぐさい、スプラッタに近い描写すらある本作。
しかしこの長い物語を通して描かれるのは、愛であったと感じます。
そこに感動したからこそ、私は「 月姫 -A piece of blue glass moon- 」を名作だと言い切ることができます。
月姫は、ギャルゲーでした。
私が最も愛するジャンルである、二次元の美少女との恋愛を描いた、ギャルゲーでした。
背景の美麗さ、OPアニメの品質、演出、ユニークなキャラクターなど、触れたい点は尽きません。
しかしこの総評では、ADVの至上命令である、シナリオの面白さ。
この点について私は大満足であったこと。
このシナリオは、これからプレイされる方が「月姫 -A piece of blue glass moon-」に抱く期待を必ず満たしてくれるであろうこと。
これを強調しておくことにします。
ただ一つの注意点は、本作の文体はビジュアルノベルとしては、文体が小説寄りであることです。
これこそが本作の持ち味であるため、悪いことだとは思いません。
ですがゲームで遊ぶノベルとしては、クセのあるもの
表現だの言葉選びだのを求めていない人は、まどろっこしさを感じてしまうかもしれません。
小説寄りな文章が、人を選ぶことは間違いありません。
そもそも活字が好きではない人、読むだけのゲームがダメな人には到底オススメできませんし、シンプルにシナリオの展開を楽しみたいというプレイヤーは、冗長に感じるかもしれません。
しかしほんの少しでも興味があるならば、20年もの時を越えて生まれ変わったビジュアルノベルの最高峰を、ぜひ体験してほしい。
独創的な世界観の、他に類を見ないストーリーを、豊か文章表現で楽しめました。
最後まで「続きが気になる」のままで駆け抜けた作品で、ADVの命であるシナリオにおいて、不満は一切ありません。
伝奇バトルものとして十分すぎる面白さでありながら、恋愛を、ギャルゲーであることを主題として描き切ってくれたことが嬉しい。
久しぶりに、ゲームで涙を流しました。
CG、背景、サウンドもそれを支える高品質で、TYPE-MOONここにありと言わんばかりの力作に、夢中にさせられました。
詳しいレビュー
ここまで創れるものか。緻密かつ広大な世界観、設定。
本作を遊んでまず驚かされたのは、作品世界を構築する設定の緻密さと、そして広大さです。
吸血鬼と人間、それぞれの社会と、これらを繋ぐシステム、闘争の歴史。
吸血鬼はなぜ吸血鬼であり、なんのために人を殺すのか。
そして人類は何をもってそれと戦い、対抗してきたのか。
些細な点であってもうやむやにせず、それどころか語りつくせないほどに設定が練りこまれています。
ゲーム一本分の範囲を、大幅に超えて作られているのです。
作中これら設定について言及するシーンは、何度もあります。
ですが、それでも全容は見えてきません。
もちろん、本作はまともに遊べばプレイタイム30時間以上に及ぶADV。
各シナリオは当然完結します。
しかし、これだけの物量をもってしても「月姫 -A piece of blue glass moon-」は語りきれない。
作者の頭の中にはまだ語っていない設定があり、この世界にはまだ見ぬ強敵がいるはずですが、姿は見せません。
ゲーム一本ではとても描き切れないほどの、未知と考察の領域を持った作品世界。
これにオタクとしての、知識欲を刺激されます。
ADVとしての面白さの前に、まず「月姫ワールド」自体が大変魅力的であると感じました。
読み進める手が止まらない、退屈の一切ないシナリオ
ADVの命は、やはりシナリオ。
この点において、本作は大満足の一言です。
なぜかといえば、全体を通して退屈を感じる場面が存在せず、最後まで物語に入り込みきってプレイできたためです。
ユニークなセリフ回しと、心身ともに強烈なヒロインたちに振り回される主人公の愉快な日常。
これが自然と笑顔になるほどの楽しさで、日常の会話シーンひとつとっても退屈させられることはありませんでした。
このキャラなら、このシーンならこんなことを言うだろう、という経験則にハマらないキャラクターたちのやり取りは、会話劇のような面白さを持っています。
そこから一転、非日常シーンに入れば面白さはそのままに、物語の性質は真逆の方向へと振り切れます。
非日常シーンで主人公が対峙する、とある強大な存在は、その姿を容易には見せません。
平穏な時間を侵食し、徐々に、主人公に迫ってゆきます。
そいつは一体何で、何のために、いつその牙を向けてくるのか。
不穏さが消えることのない非日常シーンは、日常とは打って変わっての、1シーン先に何が起こるかわからないスリルがプレイヤーを引っ張ります。
緊張感のあるゲームプレイを味わうことができました。
また日常と、非日常の切り替えのテンポも良好。
どちらも冗長に続くことがないため、遊ぶこちらの集中が途切れることもありません。
ですがそんな本作の魅力が最高潮に達するのは、やはりバトルシーンです。
本作の敵はみな、単独で街を壊滅させうるほどの力を持っていますが、主人公は設定上は普通の高校生。
そのため、戦闘は大抵が無謀であり、プレイヤーには勝ち筋がまるで見えません。
絶望としか言えない状況を、どう打開するのか…この点で、戦闘シーンはいつだって予測がつきません。
主人公は命がけで敵に立ち向かいますが、相手はそもそも生物としての格が違う存在。
人間一人が命を捨てたところで、どうこうなる相手ではないのですが…
逆転に次ぐ逆転。
予測させない構成と、「これを食らったら死ぬ」を感じさせる表現の連続で描く戦闘シーンは、1秒もとい1文たりとも読み逃せない。
そんな内容に仕上がっていると感じました。
ユニークな会話が楽しい日常シーン。
迫る敵意の恐ろしさに、緊張を解けない非日常シーン。
勝ち目無しをひっくり返していく、予測不能の戦闘シーン。
どれを取っても、プレイヤーを離さない面白さでした。
通勤電車の中だろうが、昼休みだろうが、寝る前の30分だろうが、「月姫 -A piece of blue glass moon-」を遊び始めれば、夢中になってしまう自分がいました。
ADVの命であるシナリオを求める人ならば、本作を遊ばない理由はありません。
それでも、恋愛の物語。ギャルゲー。
緻密かつ広大な設定。
読み手を退屈させない構成と、表現が光るシナリオ。
しかし総評でも触れましたが、「月姫 -A piece of blue glass moon-」の真髄は、別のところにあると感じています。
私が、本作のもっとも大きな魅力だと感じた点。
それは、“恋愛物語”であることです。
不穏な非日常と、迫真のバトルはもちろん抜群に面白い。
しかし、私がプレイしていて一番心を動かされたのは、主人公とヒロインが心を通わせるシーン。
お互いがお互いにとって、かけがえのない存在へと変わっていく様でした。
本作の攻略対象ヒロインは、2名。
2人とも主人公とは比べ物にならない強さを持っていますが、その裏に強さの理由である儚さを抱えています。
主人公ははじめ、自分にないその圧倒的な強さがきっかけで、ヒロインと行動を共にします。
力では到底かなわず、守られる側にある主人公。
しかしヒロインが隠していた儚さを知ったとき、彼女たちを支える存在へと変わっていきます。
ヒロインが持つ儚さ。
その背景にある、切ないエピソードを知ったとき。
力では遥かに劣る主人公がそれを支え、二人の心がつながっていくとき。
涙が流れました。
遊び終えた今、月姫はどんなゲームかと聞かれれば、ギャルゲーであると答えます。
それは本作が伝奇バトルものとして、それだけで十分すぎる面白さを持っていながら、現代ギャルゲーにおいて不変のテーマである、「主人公とヒロインの恋愛」を描き切ってくれた作品だからです。
「月姫 -A piece of blue glass moon-」が描く、愛の物語を、ぜひ体験してみてください。
終わりに
メディアでのインタビューなどから、本作の開発は決して楽ではなかったことがうかがえます。
それでも、白紙にも中止にもせず、この物語を世に出してくれたことを、嬉しく思います。
“読むだけのゲーム”に抵抗のある人には、絶対にオススメできません。
しかしADVが好きならば、本作を遊んで損をすることは絶対にありません。
TYPE-MOONが13年かけて再構築した「月姫 -A piece of blue glass moon-」の物語を、ぜひ多くの人に体験してほしい。
テキストADV最高峰の、愛の物語を、遊んでみてはいかがでしょうか。
テキストADVファンによる、テキストADVファンのための、オリジナル雑誌“風”記事。
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CSの新作スケジュールから面白いフリーゲーム紹介、簡易レビューまで詰め込んだ、ADV好きのための記事です。
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