【VA-11 Hall-A】そこは小さな主人公たちが訪れるバー

ADV(ノベル)
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人の話は、面白い。

テキストADVは、物語を描くジャンルだ。物語を描かないジャンルなどほぼないが、テキストADVはとりわけその比重が大きい。

では、その物語はどのようにして描かれるだろう?

答えは簡単で、大抵の作品では主人公の視点を通して、物語を追体験するように描かれる。

物語が起こると同時に、私たちは主人公と一体化する。

その視点と心理を通して、物語上で起こる出来事を体験する。重要なのは、主人公にとっても、その物語が初めての体験であることだ。ゲーム内の主人公は既にこの先を知っていて、私たちは知らない…という状態は、普通ない。一時的にそういう見せ方をする場面はあるだろうが、それは特殊な演出だ。サーヴァントとの遭遇も、拳銃で狙われる少女との逃走劇も、主人公にとって初めての体験で、だからこの先何が起こるか、私にも主人公にも分からない。主人公は今まさに道を走っている。私たちはそれを追う。そうして物語を体験する。

しかし、中には、この限りではない作品がある。全く違った形で物語を描く作品がある。

『VA-11 Hall-A』を遊んで、私はそう思ったわけだ。



簡潔に言って、本作は物語を追わない。

主人公は物語の道を走ることはない。だからプレイヤーもそれを追う必要はない。だがそれでも本作は、まぎれもなく物語を描くテキストADVだ。

では『VA-11 Hall-A』は、どのようにして物語を描くか?

それは人の話だ。人の話を通して『VA-11 Hall-A』は物語を描く。だから本作は、人の話を聴くゲームだとも言える。


主人公ジルはバーテンダー。タイトルの『VA-11 Hall-A』はジルが勤めるバーの名前でもある。そこには多様な客が風にのって訪れて、そしてまた風にのって街へ戻っていく。

このバーカウンターの中だけで、話と物語を紡ぐ

驚くべき点がある。それはこのゲームが最初から最後まで、バーのカウンターからカメラを動かさないことだ(ほぼ)。そうして本作は、ただひたすらにVA-11 Hall-Aを訪れる客らの「話」にスポットを当てる。

彼ら、彼女ら、あるいはどちらでもないソレは、カクテルを肴に、ある時はおもむろに、またある時は喋々しく話を始める。

「オレはこんな仕事をしているんだ」

ああ、酒の席での、取るに足らない無駄話が始まった…と思うだろうか。

だが、本当にそうか?
その話は、本当につまらないか?
テキストアドベンチャーゲームはやはり、物語を“追う”べきか?

だが聴いてみよう。最初は少し我慢が必要かもしれない。だが耳を傾ければ、きっとそこに物語が浮かび上がってくる。

だから人の話は、面白い。

『ドキュメント72時間』という番組がある

そもそも私は何をもって「人の話は、面白い」とのたまうのか。
それはNHKのドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』に寄るところが大きい。

ドキュメント72時間』は人の話を映すドキュメンタリーだ。言ってしまえば不特定多数の一般人から話を聴くだけの内容。特定の場所に取材陣が72時間=3日間はりつき、そこに訪れる一般人に、ひたすら話を聞いて回る。それだけだ。面白くなさそうだろう。

取材の対象は、誇張抜きの一般人。本当にその場に居合わせた普通の人で、かつて神童と呼ばれただとか、チャンネル登録者数が何万人だとか、そういう人は一切出てこない(出たとしても、それは偶然出会っただけだ)。彼らはウィキペディアに個人名の項目を持っていないし、その生い立ちを誰かに語る機会も、聴かれることも、きっとほとんどない。ただの人。

2023年5月5日の放送は、原宿、竹下通りに店を構える100円ショップ(ダ〇ソー)が舞台だった。日常の象徴と言える100円ショップと、最先端のイメージで日常を塗り替えていく竹下通り。そのミスマッチにカメラを当てた時、一体どのような話が飛び出すだろう。

取材陣が振る話題は、とってつけたような雑談ばかり。

今日はなぜ、この店に?
何を買いに来たんですか?
お洋服、可愛いですね」(ナンパか)

例えば、大谷翔平やヒカキンのような超がつく有名人なら、こんな話でもきっと面白いかもしれない。だがその辺を歩いてる人にこんなこと聞いて、一体何が楽しいんだ?

だがそんな『ドキュメント72時間』に、気が付けば私は見入っている。U-NEXTのNHK見放題パックに毎月1000円を払い、過去回を漁るくらいだ。日々面白い物語を求め、提示された物語が面白くなければブログであーだこーだと難癖をつけることが日課の私が、そんなただの話に、夢中になっている。

なぜか?

その話に、必ず興味深い物語が眠っているからだ。

ある若い三人組は“箱”を買いに来たという。なぜ箱を?と尋ねる。物販用だと答えた。物販? 差し支えなければご職業を聞いても…?
別の若い女性二人は、これから夜ピクニックをするのだとか。夜ピクニックって? 更に話を聴くと、二人は“アンバサダー”をしていて、うち一人は青森から夜行バスで原宿までやってきたらしい。アンバサダー? 青森から? 一体どういう事情が…?

思わず「へぇ! それでそれで…?」と続きを促したくなるような、話が始まる。なぜここへ来たのか、そしてどこへ行きたいのか。そしていずれは、あんな場所に立ちたい。あるいは、こんな道を歩いてきた。だからこう思っている…。

話は、いつしか物語へと変わっている。それは一人の人間が、意志をもって歩き、そしてこれからも続く物語だ。

そうして『ドキュメント72時間』を見るたび、私は思う。物語を抱えていない人などいないのだ。

ヒカキンじゃなくたって、大谷翔平じゃなくたって、みんな物語を持っている。箱を買う三人組や“アンバサダー”の2人がそうだったように。

そして、その誰しもが抱えていて、でもその人にしか体験できない物語は、正に話を通して浮かび上がる。それは紛れもない聴く物語体験であって、だから『ドキュメント72時間』は面白いのだ。

それは単なる話から始まる。今日は何を買いに来たとか、なぜ原宿にとか、そんなどうでもいい話。だが必ず物語がある。だって私たちはタンポポの綿毛じゃないから、風に乗ってどこへでも行けるわけじゃない。ひたすら光合成しているだけで成長できるわけでもない。何かしらの目的がある。経験してきたことがある。それこそ物語で、物語がなければ、今そこにいることもない。

ある人は箱を買う。またある人は夜ピクニックをする。なぜ?と尋ねてみる。するとあふれだす。私たちと何一つ変わらないように見える一般人が、その実、私たちが何一つ体験したことのない物語を持っていることに気づくだろう。全く違うことを考えているんだと知るだろう。それに魔物は出てこない。魔法も使えないし、トカゲが二足歩行する異世界にもいかない。謎の転校生はやってこない。起承転結もない。序破急だってない。だが人が抱える物語は、そんなものがなくても、ずっと未知で、面白い。

彼らも彼女らも、小さい。そして小さい物語の主人公たちだ。

話を戻そう。

『VA-11 Hall-A』は、そんな小さい主人公たちが訪れるバーだ。

話をして、また帰っていく主人公たち

VA-11 Hall-A』において、プレイヤーができることは少ない。

主人公ジルはバーカウンターから動かない。だが当然、店の外にも世界は広がっている。しかし本作は、そのカメラを決してバーの中から動かさない。

『VA-11 Hall-A』はサイバーパンクの世界観を土台にしており、特に主人公らが住むグリッチシティでは、全市民に監視用のナノマシンが注入されるほどの管理社会が敷かれる。きっとそこには、テキストアドベンチャーにはうってつけの物語がいくつもあるはずだ。

だが、バーカウンターから決して動かない。

そのバーには、今日も誰かが訪れる。それはジルの友人かもしれないし、初めて出会う人かもしれない。いずれにせよ誰もが、グリッチシティで小さな主人公として生き、今日もまた物語の1ページを紡いできたことだろう。一杯のカクテルと共に、冒険譚は語られる――こんなことがあったんだ。

VA-11 Hall-A』は確かに物語を描くゲームだ。だがその物語は、追うのではない。聴く。それは話によって浮かびがある。VA-11 Hall-Aの店内では物語は動かない。そこは物語の中心地じゃない。小さな主人公たちが、休息を求めて訪れる場所だ。

壮大な物語が生まれるであろう世界観を土台にしておきながら、そこにカメラを向けることはない本作。バーに訪れた人の話を通して、彼らだけが体験するいくつもの小さな物語にフォーカスする。その小さな物語は、私だって、アナタだって、通勤電車で爆睡をかますサラリーマンだって、早朝の公園で謎の体操をするお年寄りだって、必ず持っている。(もちろん『VA-11 Hall-A』の世界は空想が大半だから、私たちが現実で紡ぐ物語と同じ性質のものだとするのは難しい。あくまでも作られた世界で、作られた物語があるからこそ、話だって面白いのではないか…と見るべきかもしれない。だがもしそう感じるのなら『ドキュメント72時間』を見てほしい。私と何一つ変わらないように見えるその人の話は、果たしてつまらないか)

テキストアドベンチャーは物語を描くゲームジャンルだ。
だが、その描き方は、必ずしも追うだけとは限らない。
訪れた人の話を聴くだけでも、物語はあふれ出す。私が何一つ体験したことがないような物語が、ただの話から始まる。だから人の話は、面白い。

VA-11 Hall-A』はそんな体験ができるテキストアドベンチャーゲームだ。

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