音ゲーの難易度インフレは、プレイヤーへの「おもてなし」なのかもしれない。 ~高級ホテルと音ゲーの難易度の話~

コラム
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難易度インフレ、という言葉がある。
インフレとは本来は経済の世界で使われる言葉だが、これをゲームの難易度に当てはめた造語だ。
主に音ゲーでよく使われる言葉であり、以下のような状態を指す。

① 他の曲とは一線を画す、非常に難しいボス曲が登場
② それをクリアするためにプレイヤーたちは練習
③ 結果、プレイヤー全体のレベルが上がる
④ ①に戻る

①~④を延々と繰り返し、結果その音ゲーの難易度の上限がどんどん上昇していく。
これがまるでインフレにより物価が上がり続ける様のようであることから、難易度インフレという言葉が生まれたわけだ。

この難易度インフレには、しばしばネガティブな意味が込められる。

汎用



どんなに難しい曲が登場しようとも、ゲームを気楽に楽しんでいる“エンジョイ勢”や、これからデビューしようと思っている初心者には無縁の話。
それどころか、際限なく上がっていく難易度は敷居の高さをイメージづけてしまい、彼らを遠ざけることにも繋がりかねないからだ。

私もこれに同意見で、難易度インフレは全ての音ゲーの宿命であると同時に、決して好ましいことではないと思っていた。
どんなコンテンツも、新規参入者がいなければ待ち受けるのは先細り、そして終焉だ。

インフレの頂点にあるような曲をプレイしているのは、実際は本当にごく一部の超上級者のみ。
だがやはりスポットが当たり、そのゲームをプレイしていない人たちの目にも触れることになるのは、その超上級者だ。
彼らのスーパープレイを目の当たりにして、人間業でないと驚きつつ、自分には無理だと遊ぶ前から興味をなくしてしまうゲーマーは少なくないだろう。
難易度インフレは、やはり好ましい状態ではないのではないか。


しかし、この記事を書いている今は、少し考えが変化している。
超上級者のために極めて難しい曲を出し、難易度インフレを起こしてやることは、初心者を招き入れることと同じくらい大切だと感じている。

なぜかと言えば、難易度インフレを起こす「メチャクチャ難しい曲」とは、そのゲームを真剣にやりこんでいるプレイヤーたちへの最上級の「おもてなし」だからだ。

私がこの考えに至ったのは、ある一冊の本にあった“高級ホテル”に関する話を読んだことがきっかけである。

日本の高級ホテルは、安すぎる?

デービッド・アトキンソン氏の書いた、「新・観光立国論」という本を読んだ。
勘違いを防ぐために書いておくが、私の仕事は“立国”にも“観光”にも全く関係がない。
ついでに言うとあまり興味もない。
ではなぜ読んだのかと言うと、とある別の本にオススメの一冊として紹介されていたからだ。
軽く立ち読みしてみると、あまり難しそうな内容ではない。
私でも読めそうだったので買ってみた。

内容はタイトル通りだが、新と謳っているだけあって刺激的で面白い。
とある章では「ゴールデンウイークは廃止すべき」だなんて話を、作者の分析に基づいてしっかり根拠を明示した上で論じている。

その中でも一際興味を惹かれたのは、日本における高級ホテルに関して書かれた章だった。

たとえば、日本の会社が経営している高級ホテルとして、かつては「御三家」の1つとして数えられたホテルニューオータニを見てみましょう。このホテルのプレジデンシャル・スイートは、1泊30万円です。日本でもっとも歴史があり、格式が高いと言われる帝国ホテルの最高級スイートも、だいたい同じくらいです。
とても庶民には手が出ないじゃないかと思うかもしれませんが、世界で「富裕層」と呼ばれる人たちは、このようなホテルには絶対に泊まりません。ニューオータニや帝国ホテルのサービスが悪いとか、そういう話ではありません。単純に価格が安すぎるのです。

新・観光立国論 / デービッド・アトキンソン 東洋経済新報社


1泊30万円で“安すぎる”とは目を疑う話だ。
3万円でも高いくらいじゃないか。
しかし作者曰く、日本にはまだまだ、「富裕層」をおもてなしするための、本当の高級ホテルが不足しているというのだ。
信じがたい話だが、彼らにとってこの程度ではまだまだ安宿というわけである。

では日本を飛び出し世界に目を向けてみたら、いったいどれほどの高級ホテルがあるというのか?
本当の高級ホテルの宿泊費とはどの程度のものなのか、軽く調べてみた。

世界で最も高級なホテルランキングTOP15最新版|ご1泊いくら?
世界で最も高級なホテルをご紹介します。 ちなみにこの記事でご紹介するホテルの客層は「プライベートジェット・お抱えシェフ・ペットが虎」を満たす人たちです。え?もちろんみんなプライベートジェット持ってるよ


世界で最も高級なホテルと言われる、スイスのジュネーブにある「プレジデント・ウィルソン」は、最高級の部屋で1泊700万円
1700年代に建てられた宮殿を改装したインドの「ザ・ラージパレス」も、同じくらいの値段だ。
なるほど、文字通り桁が違う。
(さすがにこのクラスの部屋はネットからの予約は受け付けていないのか、予約ページは見当たらなかった)

このレベルの超高級ホテルに宿泊するセレブたちにとっては、1泊30万の部屋など安すぎて泊まる気になれないというわけだ。
何せ彼らには、一生かかっても使いきれないくらいの金がある。
なのになぜ、せっかくの旅行で安宿に泊まらなければならないのか。

我々庶民ですら、旅行の時は財布のヒモを緩めたくなるのが普通だ。
しかし日本の高級ホテルでは、ワールドクラスのセレブたちは緩めたくても緩められない、なんてことになる。
せっかく有り余る金を持っており、それを使いたいのに、その金に見合うだけのサービスを提供するホテルが存在しない。
普段泊まっているホテルよりも、数段安いホテルしか選択肢がない。
なんとも歯がゆいことだろうと思う。

こういった点から、デービッド・アトキンソン氏は、日本には富裕層を「おもてなし」するサービスが足りていないと指摘しているのだ。

汎用



例え話をしてみよう。
私が愛用しているヘッドホンは、大体1万円くらいのものだ。
買い替える時も、同じくらいの価格帯のものから選ぶ。

ヘッドホンも、ホテル同様にピンからキリまで種類がある。
2000円も出せば、普段使いには問題ない品質のものは十分購入できる。
しかしこれが不思議なもので、一度1万円くらいのヘッドホンを愛用するようになると、何となくそれ以下の価格帯のものは使いたくなくなるのだ。
どうしても、1万円前後のものを選んでしまう。
音質がどうとかのこだわりは、実はそれほどない。
値段に対する安心感と、商品としてのクオリティがちょうど釣り合うと感じるのが1万円くらいなのだ。
もしヘッドホンを買い替えに店に行き、棚には3000円くらいまでのものしか無かったとしたら…おそらくその店では買わないだろう。
もっと高いものを求めて、別の店で探す。

全くスケールの違う話で恐縮だが、日本の30万円の宿には泊まりたくないセレブたちも、似たような感覚なのかもしれないと思う。

普段から100万単位の金を払ってサービスを受けるのが当たり前の層にしてみれば、30万円と聞いただけで何だか不安になってくるのではないか。
その10倍払ってもいいので、もっと良いサービスを受けたいと思うだろう。

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言うまでもなく、1泊30万円のホテルは高級である。
しかし、世の中にはそれすらも安いと感じるセレブがおり、700万円の超高級宿は彼らへの「おもてなし」なのだ。
もしそんなホテルが存在しないというならば、彼らは「おもてなし」されていないと感じてしまうかもしれない。

有り余るものを持っているならば、それを発揮できる場所を用意することが最高のおもてなしであり、そんなおもてなしをしてくれる場所には、また来たいと思う。
もちろん、全ての宿を高級にしろという話ではない。
ニーズに見合ったものを用意するという「おもてなし」
日本には世界レベルの富裕層へ向けた「おもてなし」が不足している。

デービッド・アトキンソン氏のこの意見は、音ゲーの難易度インフレにも通ずる話なのではないかと、そう感じている。

「超難しい曲」というおもてなし

冒頭にも書いたが、音ゲーというジャンルはほぼ例外なく難易度インフレを起こす。
競技性が高いほどそれは顕著で、特に歴史の長いbeatmania IIDXなどには、並みのプレイヤーでは一生かかってもクリアできないほど難しい曲が多く存在する。
難易度インフレが続いた先に生まれた、ボス曲たちだ。

beatmaniaIIDXのトッププレイヤー らぐ氏の動画。プレイしているのは普通の人はクリアすらできないのが当たり前の超高難易度曲だ



当然、そんな曲をプレイするのは本当に一握り。
割合でみれば数パーセントの超上級者だけだ。

彼らは当たり前だが、音ゲーが上手い。
その上手さと来たら正に筆舌に尽くしがたいもので、普通のプレイヤーではクリアすらできない曲を、あっさりとフルコンボしたり、あろうことか片手でプレイしたりする。

私も音ゲーが好きで遊び続けているが、彼ら超上級者には遠く及ばない腕前だ。
だから、ここから先に書くことは全て私の想像になる。


思うに数パーセントの超上級者は、あまりにも上手すぎるため、そんじょそこらの“難しい曲”ではもう満足できないのではないだろうか。
世界の富裕層が30万円のホテルを安いと感じるように。


そしてその程度の曲では、彼らは人並はずれた腕前を十分に発揮できず、持て余すことになる。
それはやはり歯がゆいことだと思う。
もっとずっとレベルの高い曲をクリアできる腕前を持っているのに、用意されているのはすぐにフルコンボできてしまう難易度ばかりでは、有り余る実力をぶつけることができない。全力を出し切れないのだ。
(彼らが時にやる変態的な縛りプレイは、腕前を持て余しすぎた結果生まれるのかもしれない)

先日のオリンピックなどを見ても感じたことだが、強者は強者とのぶつかり合いを求める。
その力を発揮し、更に高みを目指すために、より厳しい戦いの場へ進んでいく。

だからこそ、ゲームを作る側はそんな超上級者への「おもてなし」として、その腕前を思う存分にふるう場所として、メチャクチャ難しい曲を提供する。
初心者を歓迎するのと同じように、超上級者たちへの歓迎の意として、本気をぶつけられる場所を用意するのだ。

もしそんな場所が提供されなければ、自身の力を十分に発揮できないと感じれば、彼らはより厳しい環境を求めて去っていくだろう。
持っているものを出し切れないのは、不幸であり何よりも面白くないからだ。



世界の富裕層が1泊数百万の宿を求めるように、超上級者はその腕前を発揮できる場所を求める。
そしてそれを用意することこそが、彼らへの何よりの「おもてなし」になる。
彼らをもてなすために用意されるのが、難易度インフレを起こすきっかけとなる、“メチャクチャ難しい曲”なのではないかと、そう思った。

難易度インフレは初心者を突っぱねる面も、そのゲームへの敷居を上げてしまう面も、確かに持っている。
だが私は常々、上級者だって初心者と同じくらい歓迎されるべきだと思っている。
彼らだって大切なプレイヤーではないか。

そしてその上級者のための超高難度曲の根底にあるのは、純粋な「おもてなし」の精神だと思う。
そのゲームを真剣にやりこむプレイヤーたちへ向けた、歓迎の証だと、「新・観光立国論」を読んで考えを改めた。

もっとも、ホテルにせよ音ゲーにせよ、インフレの頂点など私には一生縁のない話であるのは言うまでもない。

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