誰が誰によって、どのように変わったのかの話
レビュー内で、人が人と出会うことによって変わっていくお話だと書きました。
では具体的に、誰が誰と出会い、結果どのように変わったのか?
これをネタバレありで語ります。
ただぶっちゃけると私もよく分かんない部分がありますし、ぼかし気味なところには推測も混ぜています。またあんまりナヨナヨ書きたくないので自信満々の断定口調でいきますが、実際は「これでいいのかな…?」とか思っています。
その辺りはっきりさせぇよ!って話ではあるんですが、そろそろ次の作品に行きたくなってきたので…(飽きたとも言う)
そのようなものとして。
青子…草十郎との出会いにより、人であれた。
青子は他者から強い人物だと言われますが、しかしそれは強さではなく、むしろ呪いのようであるとすら感じていました。
青子の強さ(本人は周りとのズレだと思っている)は、いつでも自分であり続けられる…ということでした。青子自身の行いが何をもたらすのか…それを全て把握した上でも、いつも自分であり続けました。というか、他のやり方を見出せませんでした。自分であり続けることを、諦めることができませんでした。
ゲーム序盤、バイトで忙しい草十郎に青子が部活への入部を強制するシーンがあります。
このとき草十郎はこう言います。
蒼崎は分かってると思ってた。ああ、いや違う、きっと分かっているんだな。うん。だから、そこが強いんだろうね。
『魔法使いの夜』より
このシーンもなかなか難しいところでありますが、私は以下のように解釈しています。
青子は、草十郎がバイトで忙しいことを知っていました。だから部活に満足に参加できないことも、それを言えば草十郎から反感を買いかねないことも。ただそれでも青子は生徒会長で、入部は学校のルールです。そして青子には生徒に、とくに転校してきたばかりの草十郎にルールを守らせる責任を感じており、そのような事情を分かっていても、草十郎に入部するよう強制した。
つまり青子は、それが例え自分にとって良くない結果をもたらすとわかっていても、それでも逃げない。いや逃げられない。青子はこれまでの人生で「逃避」を悪として生きてきており、一度でも逃避してしまえば、それだけでこれまでの人生を全て否定しかねないから。いっそそれを諦めてしまっても構わないし、だいたい部活への入部の強制など教師にやらせても良いはずです。しかしそのような逃避は、青子自身が許すことができない。自分の人生の最大の観客はいつだって自分自身で、逃避して後悔を持ってしまったまま生きていくことは辛いことだから。
これは確かに強さでありますが、同時に呪いでもあった。だって自分であることを、諦める勇気が持てない。なぜそれが特別なんだろう…?
と、青子が苦悩を語るシーンが終盤にあります。
だって、私は違うやり方を見いだせないだけだ。
『魔法使いの夜』より
悔しいぐらい、『ただ諦める』勇気を持てないだけ。
なのにどうして――
そんな当たり前のことが、特別扱いされるんだろう――?
そんな青子に大きな試練が訪れます。
魔術を目撃してしまった草十郎を、殺すことです。
目撃者は例外なく殺さねばならない。そのルールにのっとって、青子は草十郎を殺そうとします。しかしそこに葛藤があったことは、作中でも明確に語られます。青子は魔法使いを祖父から受け継ぎました。そのことに覚悟も決めています。そしてその覚悟を示す最大の一線である、人殺し。しかし青子とて人の子であり、殺人は人のタブーでもある。人から魔法使いへなれるのか。逃避を許さず生きてきた青子も、これにはたじろぎます。
しかし結果、青子は草十郎を殺しません。草十郎の持ちかけた取引により、見逃すことを決めるのです。取引による正当な結果であり、これは逃避ではありません。そして青子はこの時、草十郎から死力を尽くして別の手段を探すことを学んだのだと思います。
草十郎は青子に殺されることを受け入れ諦めようとする一方で、青子の役に立って見逃してもらう…という取引が生まれたことで、そのためにできる限りのことをします。
この草十郎の姿は、覚悟を決めたといって草十郎を殺すことだけを考えていた青子とは違います。殺さずに済む方法はないのか、と手を尽くすことを知ると同時に、殺人を犯して一線を越えることを免れたのだと思います。
青子は逃避することで後悔を生むと感じ、だから殺人からも逃げないことを選びました。しかしそうして草十郎を殺して、人のルールからはずれて魔法使いになったことで、果たして後悔は生まれないと言えるでしょうか。私はそうは思えません。手を尽くすことを草十郎から学び、変化したのだと考えています。
物語のクライマックス、姉を殺そうとするシーンでも、やはり草十郎は青子を止めました。
そして草十郎は青子にやらせるくらいならと、自分が殺人を犯そうとします。それを止めたのは青子でした。
そして青子は姉を逃がすことを決める。かつての、自分がやるしかないことからの逃避を決して許さなかった青子に、この選択ができたでしょうか。それは後悔として胸に残るかもしれません。しかし青子はいいます。
後悔なんてのはね、草十郎。するものじゃなくて、無くしていく為にあるものなのよ。
『魔法使いの夜』より
…まぁ、青子→草十郎はともかく、草十郎→青子の影響ははっきりと描写されていないので、だいぶ推測が入っていますが…。そもそも草十郎→青子に影響が及んだのなら、最後の引用のセリフが草十郎に向けられるのはおかしいですしね。青子は草十郎と会わなくても、もともとそのような人物だったようにも見えます。ただ、殺人を止めたのが草十郎であることは間違いありません。そしてそれが、青子を人のルールにとどめる一線であったことも、一線を越えたらきっと後悔していたことも。
今後、青子が人殺しをするのかどうかが気になるところです。
有珠…草十郎となら、共存できるのかもしれない
有珠(以下、アリス)は、人間と共存の道はないとして断つ人物に見えました。
草十郎を殺すことに躊躇いがちな部分もあった青子ですが、アリスはそうではありませんでした。見たものは消すしかない。魔術師と人間に共存の道はない。アリスは草十郎を青子もろとも消そうとします。
その一方で、アリスは共存できる道を求めていたようにも見えます。むしろ、それが許されないからと諦めていただけなのかもしれません。
そのアリスの心情を感じ取れる描写が、作中にいくつかあります。
スクショ禁止区間なので言葉で説明します。アリスVS青子&草十郎後の、館での語らい。アリスが草十郎をビンに閉じ込めるシーンです。
いきなりビンに閉じ込められるような、恐ろしい魔女の館。それでも、ここが無難な場所だと言えるのか?
そう問いかけるアリスに、草十郎は答えます。
けど、ここにはそんなヤツに気を遣ってくれる人がいる。気遣ってくれる理由は物騒なものっぽいけど、それは本当に、贅沢なコトだと思うんだ。
『魔法使いの夜』より
草十郎は、アリスのご機嫌を取るためでもなく、ただ本音で、ここが良いといいました。そこには本当に恐れがなかった。月並みな言い方をすれば、それはアリスにとって嬉しいとは言わないまでも、全く予想していなかった言葉であり、不可能だと思われた人間との共存の可能性だったのではないでしょうか。
橙子に敗北した後のシーンなど、アリスはどちらかと言うと草十郎を巻き込みたくないがゆえに拒絶していたようにも描かれており、ああして頑なな態度を取りながらも、内心は苦悩を抱えていたのでは…と考えています。
それを変えてくれたのは、草十郎でした。
物語の本当に最後。忘却のルーン文字が書かれた本を、他でもないアリスが見つけていながら隠したことが明らかになります。草十郎と出会っていなければ到底あり得ない彼女の変化です。またいくらか草十郎に恋心を抱いているような描写もありました。
草十郎…多分、彼はこれから変わっていくんだと思う
草十郎ですが、彼は恐らくこれから変わっていくのだと思っています。
そもそも、草十郎は自分がどのような人物で、なぜ青子に惹かれているのかを自分でもよくわかっていませんでした。それが明らかになるのは終盤で、その後はすぐにエンディングですから。
ただ確かな点もあります。
神父が言うように、草十郎は自己がない人物でした。どこに行っても対応できる順応性は、裏を返せば「ここでなくてはいけない」だとか「ここにはいられない」という自我がないことと同義でもありました。
たいして青子は、どこに行っても自己で在り続ける人物でした。それは15の時、魔法使いを受け継いでそれまでの人生を全て捨てたとしても変わらないほどでした。そして自己で在り続けるために、例えその結果死ぬと分かっていても行動できる人物でした(青子自身、それが必ずしも強さだと思ってはいないことは、上記の通りですが)
そのような揺らがない自己に、草十郎は間違いなく衝撃を受けました。それは橙子戦敗北後のシーンでも明らかです。
彼が今後どのように変わっていくのか。
『魔法使いの夜』は三部作とのことですし、それが今後の作品で描かれる予定だったのかも…?と予想していますが…あとアリスの過去とか。
草十郎は特にぼかして描かれるシーンが多く、正直ナゾの多い人物です。共存を重んずる心理や、人の死をあれだけ恐れる理由も自分にはイマイチ分かりません。
意味、幸せなどのワードも出てきますが、これはもう何が何だか…
ただ人殺しはいけないだとか、姉妹で争うのは悲しいことだとか、そのような考えは実に人間じみており、青子をその範囲にとどめる=拭い去れない後悔を避けるきっかけになったのは彼だと思っています。とは言っても青子自身は引用した通り、後悔なんてのは無くしていくためにあるもんだ~と言っていますので、この解釈で良いのかは難しいところなんですけども。
いくらか難解な部分はありますが、奈須きのこの文章は明らかに界隈でも並外れており、また演出、BGMも組み合わさってこの文章の弱点とも言える「静」に巧みに動きを加えていたことなどが大きな評価点です。★4.5の高評価としました。
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