「CROSS†CHANNEL」の考察を読んだら、レビューを書けなくなった。~作品への理解を追求して~

ゲーム雑記
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「CROSS†CHANNEL」をプレイした。
これで人生二度目だ。
遊んだのはVita版。
当然全年齢向けに調整されており、パンチラの一つも拝めない。

このゲームを最初に遊んだのは、まだ高校生の頃。
その時はXbox360版だった。
あの頃はギャルゲーばかり遊んでいたっけ。
もともと「かまいたちの夜」の影響で、ADVが好きだった。
加えて当時はエロゲー、ギャルゲーがオタク文化の中心地にあり、私も自然と興味を持った。
その中心に関する知識、経験値で、他のオタクに負けたくないと思っていた。

そんなまだまだ若い私を後押しするように、当時のPS2、Xbox360、PSPには、名作エロゲーが次から次へと移植された。
黄金期の波が、CSにまで広がっていた。
私が初めてギャルゲーを遊んだのは中学生の頃、PS2版の「SHUFFLE! ON THE STAGE」だ。
これを皮切りに、「CLANNAD」とか「車輪の国、向日葵の少女」とか、もう何でも遊んだ。

まるで回転寿司で同じネタばかり食べて、呆れられる子供のように、ギャルゲーばかり遊んでいた。

その中で触れたのが、Xbox360に移植された「CROSS†CHANNEL ~In memory of all people~」である。

「よくわからん」で終わった、初めての CROSS†CHANNEL

CROSS†CHANNEL が名作と呼ばれていることは、知っていた。
でもこのゲーム、先に移植されたPS2版にはプレミアがついており、手が出せずにいた。
月数万のバイト代を手に、自転車でゲーム屋をまわっていた私には、敷居が高い一本だったのだ。

だからXbox360への再移植は、この伝説に触れるまたとない機会。
しかし、興奮して遊び始めた私を待っていたのは、想像していたよりもずっと難解な物語だった。

CROSS†CHANNEL は有名すぎるくらい有名なエロゲーだ。
でありながら、その内容は意外なほどわかりづらい。

まず主人公がいわゆる「無個性型」の真逆を行く、独特な思考を持ったクセのある人物。
ギャグノリとはいえ、ヒロインたちと顔を合わせるたびに通報レベルのセクハラを繰り返す一方、心には暗い、獣のような感情を持っている。
行動、言動に常人とはズレがあり、簡単には感情移入できない。
ヒロインたちもどこか普通でないし、そもそも「合宿から帰ってきたら人類が滅亡していた」という世界設定自体、なんだか突飛で取っつきの悪い内容だと思う。

展開される物語も、極限状態でのサバイバルだとか、孤独の中で紡がれるヒロインとの愛だとか、そんなどこかで聞いたような内容じゃない。
人類が滅亡したこの世界で何が起こるか、よりも、それにより主人公は何を思い、どう変わっていくのか。
こんなところにスポットが当たっており、しかも描写自体も決して分かりやすくない。
喜怒哀楽をまっすぐ届ける物語ではなく、こちら側の踏み込みも求める内容だ。

これは当時の私には、難解だった。


賑やかな恋愛コメディが楽しい「 SHUFFLE! ON THE STAGE 」や、巧みな心理、状況描写に加え、出来事そのものでもプレイヤーを引き込む「Fate/stay night [Realta Nua]」とは明らかに性質の違う物語だった。

それでも「CROSS†CHANNEL プレイ済み」の事実が欲しくて、最後までプレイした。
でも、このゲームが名作と呼ばれる所以は、理解できなかった。

私の CROSS†CHANNEL 初プレイの感想は「よくわからん」で終わった。

人生で二度目でも、難解だったCROSS†CHANNEL

こうしてブログを書くようになって、ちょっとは「作品を味わう力」が養われたと思う。
レビューを書くためには、対象をよく知らねばならない。
だから、以前にも増して味わうことを意識して遊ぶようになった。
これは十代の頃はできなかった遊び方だ。

そしてふと思うことがある。
「あの頃は理解できなかった作品を、今遊んだらどう思うんだろう?」

特にギャルゲー、エロゲーには、名作と呼ばれるものの中にも、理解が難しい作品は少なくない。
それこそ泣きゲーの大名作「AIR」だって要考察な内容だし、エロゲー黄金期を代表する「素晴らしき日々~不連続存在~」なんて、難解ったらありゃしない。

そんな難しい作品を、ちっとは力をつけた自分がもういちど遊んだら、あの頃とは全然違う理解を生み出せるんじゃなかろうか。

そう思って再訪を決めたのが「 CROSS†CHANNEL 」の世界だった。

ーー私は浅はかだった

結論から言えば、やはり CROSS†CHANNEL は難解だった。

名台詞「生きている人、いますか?」のくだりには感動した。
太一をはじめ、ヒロインたちの感情も、あの頃よりはずっと理解できたと思う。
それでも、このゲームがなぜ今も名作と呼ばれるのか、私にはわからなかった。

今もう一度遊んでも、やっぱり太一は理解の難しい主人公であった。
ヒロインたちの行動や表情、その下にある感情の全てをわかってやることは、私にはできなかった。

だから、プレイ後に書こうと思っていたレビューにも

「主人公もヒロインもクセが強いため移入しづらく、筋書きも難解な作品である。」

とか、こんなことを書こうと思っていた。
レビューを書くためには、その作品を知らねばならない。
でも、 CROSS†CHANNEL は知ることそのものが難しい作品である、と。

しかし同時に、気になった。
いったい、先達はなぜこれほど難解な本作を、名作と呼んだのだろう?

見てしまった、先達の CROSS†CHANNEL への理解

汎用

CROSS†CHANNELは今でも名作と語り継がれる作品だ。
多くのオタクが遊び、作品にある何かに心を揺さぶられたからこそ、「人を選ぶ」ではなく、名作と語り継がれる。

ではオタクたちは、どこに心を動かされたのだろう。
何をもってCROSS†CHANNELを名作だと言うのだろう。


私に本作を理解しきることはできなかった。
でも、ここに何らかの理解を見出し、そして名作と呼ぶ先達たちの話を聞けば、少しはその道筋が開けるかもしれない。
自分以外のプレイヤーは、この物語をどう解釈したのか。
これを知ることは作品の理解を深めることに繋がるし、何より、レビューを書く上での参考にもなるはずだ。

そう思い、「ErogameScape -エロゲー批評空間-」の本作のページを開き、プレイヤーたちの感想に目を通してみた。

さすが18禁ADV評価サイトの老舗、ErogameScapeだ。
CROSS†CHANNELほどの作品ともなれば、ざっと見ても1000はあるだろう膨大な数の感想が投稿されている。
同志は、この作品をどう理解したのか。
それを知るべく、スクロールしていった。

…しかし、出てくる大半は「面白かった」や「感動した」
あるいは「合わなかった」
書かないのか、書けないのか。
これ以上の内容はない、シンプルな一言ばかりだ。
1000字以上の長文も見かけたが、どれも私の理解を深めるほどの刺激をもたらしてはくれなかった。
やはり本作は難解なのだ。レビューも、その方向で書こう。
そう思った、矢先だった。

見つけてしまった。18000字を超える感想を。

理解することを、放棄していた自分

ブログを書いていると、「文字数」というやつに敏感になる。
だいたいどんなゲームのレビューでも、5000字を超えたあたりから書く疲れが出てくる。
10000字になるともう書きすぎで、無駄を削るべきだと感じだす。
15000字は、完全に容量オーバーだ。
疲れてとっとと終わらせたくなるので、文章がいい加減になる。

だから、 18000字の感想を見たときは、なんかもう、ビビった。
この人は、 CROSS†CHANNELのシナリオから何を得たというんだ。
この物語をどう理解すれば、18000字の感想が書けるんだ。
そんな驚きとともに“続きを読む”をクリックした。

「負けた」


その感想を読んで、率直にそう思った。
それはCROSS†CHANNELの世界、物語の構造を独自の視点で考察、理解し、作者が伝えたかったもの、そしてキャラのセリフに込められた思いなどを、膨大な文量で語り尽くすものだった。

さすがに読みつくしてはいないが、そこにそれだけの感想があるというだけで、十分だった。
だって自分は「難解だ」で終わらせようとしたCROSS†CHANNELから、それだけのものを吸収し、18000字ものアウトプットをやってのけた人が、そこにいたのだ。


これを書くには、いったいどれだけ CROSS†CHANNELを味わい、理解を深めればいいのか、想像もつかない。
きっとこの感想の筆者にとっても、本作は難解だったに違いない。
それでも「理解は難しい」なんて言葉で終わらせずに、作品を解釈しきったのだ。
そうでなければ、18000字なんて書けるわけがない。

それに対して、自分はどうだろう。
私は本作を理解することは難しいと早々に判断し、それで良しとした。

先達は違った。
もちろん全員がそうではないだろうが、この難解な物語を「難解だ」で終わらせずに、味わい、理解し、自身の解釈を生み出した人が確かにいた。
きっとこういう人たちが、まず最初に本作を名作だと言い、それが広まり、CROSS†CHANNELは今でも語り継がれているんじゃないだろうか。

はたして自分は、この先達ように、CROSS†CHANNELを理解しようとプレイしていたのだろうか?
力を尽くして、それでも理解できなかったなら、仕方がない。
しかし自分は、物語の全容も知らない内から、早々にこの物語を理解することを、放棄してしまっていたんじゃないか?

そう思わされた。


完敗じゃないか。何が「作品を味わう力」だ。

もっとも大切な「作品への理解」

曲がりなりにもゲームレビューを書いて、それを全世界に発信するうえで、とても大切にしていることがある。
それは「作品を理解すること」だ。

ゲームに限らず、レビューとはその対象を深く理解しないとできない。

レビューとは、その対象に対して「このようなものであった」だとか「私はこう感じた」だとかの、主張を述べることだからだ。
そして、良い主張には必ず“根拠”が必要である。

単純に「面白かった」や「感動した」と主張するだけなら、深い理解なんて必要ない。
自分が感じたことを、そのまま言えば良い。
しかし“レビュー”として、これから触れる人の参考になる、あるいは既に触れた人に共感してもらえる内容に仕上げる場合、これだけでは強度が低い。

「面白かった」や「感動した」という主張だけでは、そこに根拠がないためだ。
そしてこの根拠は、対象を深く理解していないと、なかなか出てこない。

「このゲームは面白い! ヤバい!!」だけでも、一つの意見として、参考にはなる。
しかし「なぜそう言えるの?」と聞かれたときに「えーっと…わかんないけど、とにかく面白い!!」では、説得力がない。強度が低い。
適当なことを言っているだけだな、と思われても、仕方がない。

「爽快感がある!」とか「自由度が高い!」とか、全てそうだ。
なぜそう言える?に回答できなければ、それは良いレビューではない。

「なぜそう言えるのか」…つまり根拠を出すためには、作品を十分に理解する必要がある。
「自分はなぜ、この作品を面白いと感じたんだろう」
「なぜ、この作品はつまらないんだろう」
自分と作品に問いかけながら、その作品をより深く知る。
面白いもつまらないも、全ては脳が勝手に感じるもの。
だから、ただ遊んでいるだけでは根拠までは見えてこないのだ。


これは時間がかかる。
はっきり言って面倒だ。
こんなことをしなくても、面白いものは面白い。

そんな感情とすらも戦いながら、作品に対する自分なりの理解を深めたとき、根拠のある、よいレビューが書ける。
「この作品は面白い。なぜならば…」と。

だから私は、作品を理解することを大切にしている。
答えのない問いであるため、迷うことは多い。
それでも、自分なりの理解を生み出したうえで書くように心がけている。


なぜか?なんて知らなくてもFateは面白いし、ネリネは可愛い。
でもそれだけでは良いレビューにならない。
Fateの面白さはどこにあるのか、ネリネはなぜ可愛いのか。
これを考え、理解し、自分なりの答えを出さなければ、レビューは書けない。


もちろん、いい加減に「何となくこんな感じだろう」で書くこともできる。
しかし、そうして書いたレビューは大抵が薄っぺらく、説得力がない。
人に教えるには、それを普通の3倍理解している必要がある…なんて言葉を聞いたことがある。
全く同意見だ。
なぜ面白いのか、なぜ可愛いのかが、自分でもよくわかっていないのに、人を納得させる文章なんて書けっこないのだ。


今回遊んだ CROSS†CHANNELには、その理解しようとする気持ちを失っていた。
理解しようとしてできなかったなら、それは仕方がない。
しかし序盤からしてついていけなかった部分があり、この物語は難解であるとし、理解しようとすらしなかった自分が、確かにいた。
レビュー書く上でもっとも大切なことを失ったままゲームを遊び、それで良しとしていた。

分かってはいたけれど、まだまだ修行が足りない。
ErogameScape の18000字の感想を見て、それを思い知らされた。
これだけのものを書きあげるほど、作品を味わった人がいる。
その一方で、自分は理解しようと思うことすらできなかった。

今の自分に、CROSS†CHANNELのレビューを書くことはできない。

「作品への理解」を追求して

気の早いことだが、来年のこのブログのテーマとして「再訪」を考えている。
来年でついに自分も30歳。
このタイミングで、これまでの人生…とりわけ10代~20代前半の頃に遊んだゲームを再訪し、今の自分なりのレビューを書いてみたいのだ。

ななついろ★ドロップス」や「SHUFFLE!」のような思い出のゲームの他「素晴らしき日々 ~不連続存在~」など、難解な作品にも再挑戦するつもりでいる。
第一弾は「SWAN SONG」の予定だ。

これらは CROSS†CHANNELと比べても、押しも押されもしない大名作であり、また大変に難解である。
おそらく多少の成長をした今の自分でも、理解しきることは難しいだろう。

それでも、理解しようとすることは、やめないでいたい。
精一杯作品に向き合い、自分なりの解釈を生み出したいのだ。
かつて私が憧れた、その道を究めんとする“オタク”のように。

CROSS†CHANNELの世界も、いつかまた再訪したいと思っている。

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