なぜ私たちは、こうした方が良いと分かっていても、その通りにできないのか?
いやむしろ「この方が良い」の通りにできる方が珍しいのかもしれません。人の内面には色々なものが渦巻いていますから、理想や一般論の通りには生きられない。そして物語は、時にこの複雑な内面に踏み込みます。その時に見えるものが、ある種の“深み”であると言えるでしょう。
『夜、灯す』はテンポよく進行する物語と、その収まりの良さが特徴です。しかし深みに踏み込まないがゆえ、プレイ後の印象はやや軽い。
良いゲームなのだけれど、強い印象を残すには至らないかもしれません。
タイトル | 夜、灯す |
ジャンル | ホラーアドベンチャー |
対応機種 | PS4、Switch |
価格 | 6980円 |
プレイ時間の目安 | 6時間 |
総評
テンポよく遊べるうえ、物語の収まりも良い。しかしあっさりと一般論に落ち着いてしまうため、印象に残りづらい。このような印象を持ちました。
本作の物語は、とてもテンポよく進行します。とりわけ物語中盤までの進行の軽快さは優れており、先へ先へと引き付けてプレイさせる力を持っています。
また物語中の要素が有機的に結びつく構成も好印象。本作は大きく分けて2種のプロットで展開しますが、この双方が支え合う形で組み上げられています。バラバラだった欠片が、一つの結末へと統一される収まりの良さを感じました。
これらの理由から、本作の第一印象はとても良い物でした。
しかし不思議なことに、遊び終えて振り返ってみると、なぜか魅力に欠けるように思えてしまいます。
これはなぜか?
「こうすれば良くなった」という法則を示すことはできません。それを踏まえた上で私が難点だと思っているのは、複雑な部分への踏み込まないことです。本作は容易く一般論に落ち着いてしまい、そこに至るまでに衝突や葛藤が見られません。よく言われる一般論にストンと落ちるがゆえに、収まりこそ良いですが、順当で類型的でもある。そのため、プレイヤーの胸に何かを残すところにまでは至れていない。そう感じています。
良いゲームです。特に中盤までのテンポの良さ、物語の欠片がやがて有機的に結びつく構成は見どころでしょう。
しかし遊び終えたあと残るものは少ない。そう言わざるを得ません。複雑な部分への踏み込みがないため、極めて順当ですが、順当すぎます。
詳しいレビュー
課題から課題へ。常に前進するがゆえのテンポの良さ。
本作の物語はテンポよく進行します。良いテンポは、プレイヤーを退屈させずに遊ばせるための重要な点であると考えています。
本作は特に中盤まで、とてもテンポ良く物語が進みます。このテンポの良さの要因は、課題進展の早さにあると考えています。本作はキャラクターに提示する課題を素早く進展させることで、状況を短いスパンで変化させ続けます。これが間延びや停滞を無くしており、そのためプレイヤーは退屈することなく先へ先へと引き付けられるでしょう。ここにテンポの良さを感じます。また合間に挟まる日常シーンでは、すかさずキャラのギャップを活かしたギャグを入れるのも好印象です。少しの隙間であってもプレイヤーの感情が凪ぐことのないよう、考えられていると感じました。
大前提として、私は物語には退屈なシーンが少ない方が良いと考えています。退屈な時間はつまらないからです。ではどのようにして物語から退屈な時間を無くすか。これには様々な方法があるでしょう。その一つが、本作の特徴でもあるテンポの良い物語進行です。
しかし一言で「テンポの良さ」といっても、実態は細かく分かれます。では本作は、どのような実態によってテンポの良さを実現しているのでしょうか。私はこれを、課題の進展の早さであると考えています。
本作の持つテンポの良さとはつまり、課題の進展の早さです。
課題とは、より明確に言うと、キャラクターの目的や目標です。
多くの物語はキャラクターに課題を与え、それを解決するまでの過程を描きます。例えば『ももたろう』なら鬼を退治することが主人公の課題です。『ワンピース』なら海賊王になることで、『ドラゴンクエスト』なら魔王を倒すことがそうです。
そして大抵の場合、ある課題はより細かい小課題の集合によって作られています。『ももたろう』なら鬼を退治する前に、猿や雉を仲間にするという小課題が設けられています。『ワンピース』は言わずもがな。ルフィが海賊王になるにはいくつもの小課題を達成する必要があります。
小課題を達成すると、物語は次の小課題へと進展し、同時に状況が変化します。小課題の進展とはつまり目的や目標の変化ですから、主人公らの心情や行動、取り巻く環境などが動いていきます。『ワンピース』ではルフィが強敵を倒すたびに、次の島へ進んだり、新しい仲間が増えたりします。もっと細かいレベルで言えば、敵と出会ったり、大技を食らったりする場面なども小課題の提示と言えるでしょう。敵と出会えばルフィたちはソイツをいかに倒すか、大技を食らえば、今度はそれにどう対処するかという課題が提示されることになります。
このように、課題の進展は物語に変化を生み出します。逆に言うと、課題が進展しないと物語は変化が少なくなるため、受け手が退屈を感じてしまう可能性を帯びます。なぜなら人は変化の少ないものを退屈に感じるからです。
そして『夜、灯す』は、この小課題の進展スピードがとても早い作品です。
ある課題が提示されると、それを素早く解決し、これを踏まえて次のシーンへと進める。そこではまた新たな課題を提示する。
本作はこの流れをハイテンポに進め、物語に絶えず変化をもたらします。変化は受け手を引き付け、その短いスパンが退屈させない作りに繋がっています。特に物語中盤までの早さには目を見張るものがあります。それでいて話の進め方の強引さなども、目立った形では見られません。
また合間の日常シーンにはキャラのギャップを活かしたギャグを入れるなどし、進展に影響しないシーンであっても受け手の心を動かそうとしているのも良い点です。
物語をどんどん前進させ、合間にはギャグで笑いを誘う。そうして生まれる「テンポの良さ」で受け手を引きつけ続ける。これが本作の最も大きな良い点であると感じました。
有機的に結びつく、物語の各要素
本作の物語は統一感があります。ここで言う統一感とはつまり、物語の各要素がよく結びついている様です。
本作は大きく分けて2種のプロットで進行します。このプロット双方が、双方を支え合うように結び付けられています。ばらばらに見えたピースが、結末に近付くに連れて綺麗に繋がっていく…そんな収まりの良さを持っています。私はこれに、計算に基づき物語を構成している美しさを覚えます。
本作は部活とホラー、2種のプロットを持った作品です。部活に関わる物語を進める一方で、ある怪異との戦いも進行します。
良いのは、この両プロットが双方を支え合うように構成されていることです。部活で得た成長が怪異を倒すカギになり、そして怪異との戦いはそのまま、キャラの成長を示す要素としても機能しています。
一見関わりのないように見えた2つのプロットが、結末に近付くに連れ一つの終着点へと結びついていきます。そのため本作の物語は、遊び終えたあと、全体に統一感を覚えます。別々の筋で展開されていたものが、一つのエンディングへと結びついていく様です。
統一感のない物語がダメだとは言いません。しかし始めはバラバラに展開した物語要素を、一つの結末の効果を最大化する形で収束させるには、一定以上の計算が必要でしょう。物語の欠片それぞれが結末に対して意味を持つ。私はそうして生み出された物語の統一感に、美しさを覚えます。
そのため、本作の物語の統一感を評価点と考えています。
テンポも収まりも良いが、しかし心に響かない
課題のハイスピードな進展によりテンポが良く、計算されたであろうプロット間の有機的な結びつきにより、収まりの良さも感じる本作。
しかし総評にも書いた通り、このような美点を持っていながら、本作の物語はどうも心に響きません。間違いなく“良”はつくでしょうが、一方で名作と語り継がれたり、強い意志で勧めたりできるほどのものでもない…そう感じてしまいます。
その理由をはっきりと特定することはできません。ただ「これが理由ではないか」と見当をつけてはいるため、これに関して書きます。
大きな要因だと私が考えるのは、以下の点です。
・容易く一般論に落ち着いてしまい、葛藤や衝突など複雑さへの踏み込みが無いこと
解説します。
容易く一般論に落ち着いてしまい、複雑さへの踏み込みがない
『夜、灯す』の物語は、ぶっちゃけるとよくある一般論に落ち着きます。問題なのは、一般論に落ち着くまでの過程が容易いことです。
キャラが一般論にあっさりとたどり着いてしまい、一般論に従えないがゆえの苦しみだとか、葛藤だとか、そのようなものに踏み込む姿が描かれません。結果、矛盾はないのだけれど、順当なところに順当にハマっていくだけであるため、今一つ爪痕を残せない内容になってしまっています。これが本作を、良いけれど名作たり得ないところへと位置付ける要因だと考えています。
『夜、灯す』が最終的にたどり着くのは、“仲間との団結”という一般論です。これ自体は特に問題はないと思っています。
ただ気になるのは、そのような一般論へたどり着く過程が容易いことです。一般論に反する考えを持つキャラもいるのですが、絆されるような形であっさり一般論に収まってしまったり、ギャグ的に片づけられてしまったりします。
一般論は広く受け入れられる論ですから、丸く収まる妥当なオチではあります。しかし同時に、一般的で妥当であるがゆえに類型的で刺激のないオチでもある。本作はそこへスムーズに落ちついてしまうため、悪くはないのですが、至極真っ当なところへストンと入ってしまう面白味の無さも感じずにはいられません。
思うに、人はそう簡単には一般論の通りには生きられません。
仲間とは団結すべきだし、誰とでも手を取り助け合うべきだし、差別はなくすべきだし、そのうえ笑顔で夢を持って毎日を過ごせれば言うことはありません。しかし、事実その通りに生きられる人がどれだけいるでしょうか。
こうすべきだと分かっていてもできないのが人間です。だからこそ苦しむ。苦しみ葛藤した結果、自らを傷つけてしまうこともあるでしょう。他者を拒絶することもあるでしょう。孤独を選ばざるを得ないことがあるはずだし、そのときはあえて、仲間や家族を捨てなければならないかもしれません。そこには容易には理解できない複雑な感情があるでしょう。
つまり本作は、そのような複雑さに踏み込んでいません。
一般論が一般論であるがゆえの強固さに任せ、思い悩む姿などを見せることなく、順当な落ち着くべき所へさっさと落ち着けてしまっています。それが悪いことだとは言いません。しかしそれは順当すぎて、刺激がありません。
とは言え、複雑さに踏み込むことはリスクを伴いますから、複雑でないからダメだとまでは言いません。複雑な部分を描けば物語が長大になる恐れがありますし、あるいは複雑なものを合理的に一般論にまとめようとすれば、製作の難易度も上がるでしょう。気持ちよく終わるエンディングを描くことも、容易ではなくなると思います。
しかし一般的によく言われるところに丸く収まれば、なるほど物語は気持ちよく終わるでしょうが、それはお行儀が良すぎるとも言える。順当に展開し、順当に終わるがゆえに、順当すぎて印象に残らない。爪痕を残さない。訴えかける力がない。本作は確かに良いゲームなのですが、心に響き切らない…その理由は、ここにあるのではないかと私は考えています。
ADVというジャンルのプレイヤー層を考えれば、より複雑な場面へ踏み込む選択をとっても良かったのではと思います。
終わりに
テンポの良さで最後まで遊べるゲームではあるし、全体の統一感から来るのまとまりの良さも持っています。一方で、一般論を疑うことなく良しとしてしまうがための軽さも否めません。複雑な感情へ踏み込む内容ではないため、すんなり入ってくるけれど、残すものも少ない内容に感じられるでしょう。
(続きからネタバレありで、レビューの根拠になっているシーンの提示を試みます。興味のある方はどうぞ)