『あの素晴らしい をもう一度』(以下、あのすば)を遊びました。
「ゲーム性を重視したノベルゲーム」と位置付けた本作は、元々は1999年に発売されました。今回は初のCS移植。パートボイスの追加など新要素もありますが、本質には手を加えていないとのこと。
「ゲーム性」はなかなか扱いの難しいワードですが、少なくとも本作では、ゲーム性とは即ちインタラクティブ。ゲームプレイがプレイヤーにとって能動的であると思えること…だとしているように見えます。つまり本作はインタラクティブ、能動を一般的な(当時の)ノベルゲームより高めてある。早い話、本作は読むだけのゲームではないということです。
では『あのすば』はどういうゲームなのでしょうか?
簡潔に表すならば「自分で分岐を探すノベルゲーム」とでも言えましょう。
多くのノベルゲームにおけるシナリオ分岐は、表示される選択肢によってなされます。本作も例にもれず、物語中に何度か選択肢が表示されます…が、この選択肢だけでは、シナリオをトゥルーエンドで終えることができない作りです。
より良いエンディングを迎えるためには、本作の最大の特徴である
「ANOS(Advanced Novel Operation System)」を活用する必要があります。
「ANOS」はどのようなシステムかと言いますと「前回のシナリオで得たキーワードを、主人公に思い出させることができるシステム」です。
本作の主人公はループする世界に閉じ込められており、しかも主人公自身はそれを知覚できていません。そしてバッドエンドを迎えるたびに冒頭へと戻され、更に記憶も失ってしまうのですが、この状況を打破するために必要なのが、プレイヤーの「ANOS」の活用です。
テキスト中に赤文字で表示されるワードがあり、これはシステム画面にまとめられています。プレイヤーはこれらキーワードを任意のタイミングで、主人公に思い出させてやることが可能です。要所で、他必要なキーワードを主人公に思い出させてやり、無限に続く物語を少しずつ変化させていくわけです。
例えば「鍵がかかって開かない扉」があるとしましょう。そのままでは主人公は扉を開けられません。しかし、もし他のループで鍵の解錠方法を見つけているならば、それを思い出させてやることで、主人公は扉を開けることができ、合わせてその後の物語も変化します。
難しいのは、変化するポイントがどこにあるのか、そして変化のためにはどのキーワードが必要なのかが明かされない点です。キーワードの先にあるのは、また別のキーワードであった…なんてことも。
上記の例はとても単純ですが、実際のゲームプレイではもう少し捻った発想を要求されます。
必然、変化ポイントを探して何度も物語を繰り返すことになりますし、どのキーワードを思い出させればいいのか分からず悩むこともあるでしょう。このような試行錯誤こそが本作のいう「ゲーム性」=インタラクティブ、能動というわけです。
私は本作のこのシステムを体験して、ある別のノベルゲームを思い浮かべました。
『アノニマスコード』です。
『アノコ』と比較で浮かぶ『あのすば』の多層的な物語体験
『アノニマスコード』には「ハッキングトリガー」というシステムがありました。
アノコは神の視点を持つプレイヤーだけが使えるセーブとロードの存在を、物語の主人公も知覚して使用できる…という作品でした。更にプレイヤーがロードのタイミングを主人公に伝えてやることで、物語が変化していきます。
・分岐するポイントが明かされない
・プレイヤーが主人公の行動を選択肢によって直接決定するのでなく、感覚としては促すような描き方
このような点で『アノコ』と『あのすば』は似ている作品だと感じます。ただ、こうして似ている良作を並べてみたとき、『あのすば』のユニークな点が浮かび上がってきます。
曲がって突っかかるイメージの『アノコ』
『アノコ』のハッキングトリガーによる分岐は「物語が曲がって突っかかる」というイメージが浮かびます。
つまり、トゥルーエンドへ至るための一本の線があり、そのどこかでプレイヤーの働きかけによる変化を発生させないと、線が曲がってしまい、その先で突っかかる。プレイヤーは曲がる前に戻り、どこかでハッキングトリガーを使用し、曲がらないようにしなくてはいけません。
私はここから、『アノコ』の物語はあくまで一本の線であるイメージを受けるのですが、対して『あのすば』のプレイ感覚は異なるものでありました。
ミルフィーユのように層的に物語を重ねていく『あのすば』
『あのすば』は公式のリリース文でも、以下のように語っています。
それまで枝分かれする分岐であったノベルゲームを、多層的立体的に積み重なっていく累積型シナリオへと進化させます。
本作における分岐は、前回のループで得られた記憶=キーワードが元になります。キーワードはループを繰り返し、物語を分岐あるいは変化させるたびに新たなものが追加されていきます。その新キーワードは更に物語を変える鍵となり、その使い道を探って、プレイヤーは何度も物語を繰り返しプレイすることになります。
つまり『あのすば』は、良いエンディングと新たなキーワード獲得を目指して、まるでお菓子のミルフィーユのように、何度も物語を層状に重ねていきます。変化の起こった層で得た情報をもとに、また新たな層で更に変化を起こしていく。これは一本の線の曲がりを戻していくというよりも、あえて自分で物語を曲げ、その曲がりは修正することなく情報として積み重ね、また更に上に新たな線を重ねていくような体験であるのです。
一本の線の曲がりを修正していくのが『アノコ』ならば、『あのすば』は自ら線を曲げ、それを修正することなく、その上に線を積み重ねていく必要がある。どこをどのように曲げれば良いかが伏せられているのが『あのすば』の試行錯誤であり、本作の言うところのゲーム性であります。
テキストADVにおけるこの物語の形は、今の時代でも珍しいものではないでしょうか。
面白いかどうかは別
ユニークな試みが特徴の『あのすば』ですが、正直なところを言えば、シンプルな面白さではやや見劣りすると感じました。
分岐を探す遊びの盛り込みはともかく、肝心のシナリオやキャラクター造形にはやや難が見えるからです。短時間でループする都合からか、シナリオの展開はどうしても出来事中心の描写になっており、テキスト主体のADVが得意とする微細な心理描写などには踏み込めていない印象。ループものであるため早い段階で全容が見えてしまうのも、致し方ないことでありますが、物語そのものを楽しみたい場合には難しい点になるでしょう。
分岐によって回避しなくてはならない障害も、どうもパズル的と言いますか。物語の展開に必要な障害というよりは、プレイヤーの道を阻むために用意された…という気が強く、自然でないように感じます。
とはいえ、古い時代の作品が今こうして再び遊べるようになるのは嬉しいことです。
※以前、記事内にて本作をSteamでも配信予定であると書きましたが、私の間違いでした。2023年4月29日現在、『あの、素晴らしい をもう一度/再装版HD』のSteam版の発売予定はありません。
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