タイトル | 神田アリスも推理スル。 |
ジャンル | 百合系ショート・ミステリーアドベンチャー |
対応機種 | Switch、PS4 |
価格 | 1500円 |
プレイ時間の目安 | 3~5時間 |
備考 | トゥルーエンド到達には攻略サイト使用を推奨 |
『神田アリスも推理スル。』とは
『神田アリスも推理スル。』は、女子校を舞台にしたテキストADVです。
主人公である一年生「神田アリス」は、ある事件(血は流れない)の濡れ衣を着せられた友人を助けるべく奔走する中、密かに広がっているという噂を耳にします。
それは相談すればどんな悩みも解決してくれるという「茶道部の魔女」の話。
さっそく相談にと茶道部を訪ねるアリス。
しかし、畳敷きの和室で彼女が出会ったのは、魔女などと言う不吉な呼び名は似つかわしくない麗人。
その麗人の名は「佐和良義 宝珠
」
紅葉のような朱色の着物に身を包む、たった一人の茶道部員でした。
作品世界にトリップすること、それ自体が魅力
『神田アリスも推理スル。』の最大の魅力は何か?
そう問われれば、私は「作品世界へのトリップそのもの」と答えます。
『神田アリスも推理スル。』は、作品世界へ入り込むことそれ自体が、魅力である作品です。
ただ静かで、穏やかな作品世界。それに身を任せ、世界の時間に揺られることそのものが、実に心地よいのです。
物語の場面が持つ、速度感
物語のそれぞれの場面には、速度感とでも呼ぶべきものがあるように思います。
例えば日常のシーンならば、ゆったりとしたミドルテンポ。涙を誘う悲しいシーンなら、バラードのようなスローテンポ。ギャグシーンならばハイテンポで勢いをつけて…
そしてテキストADVは、BGMを使うことで速度感をよりはっきりと演出する。
例えば、かの有名な『AIR』の『夏影 -summer lights-』ならば、誰もが夏の日差しの下、ゆっくり流れるような速度感を覚えるでしょう。
そしてそれに合わせて語られる場面自体も、そのような速度感を持つ。
もっともBGMと場面、それぞれの速度感がミスマッチを起こすと、プレイヤーにはチープな作り物感を与えてしまう(例えば『夏影』にのせて戦闘シーンだとか)
ですから、場面の切り替わりにより変化した速度感に合わせて、BGMもテンポの違う別にものが使われることが一般的です。
この場面の速度感の話は物語のみならず、現実世界であっても同様でしょう。例えば休日の朝とそうでない日の朝では、私たちは流れる時間の速度感に違いを感じるものです。
では『神田アリスも推理スル。』はどうなのかと言いますと、本作は驚くべきことに、この速度感が常に一定なのです。本作の場面や音楽の速度感は、常に一定で変化しない。静かで、穏やかであり続けます。
どのような場面でも、静かに。穏やかに。
本作は女子高を舞台にした「百合系 ショート・ミステリアドベンチャー」と位置付けられていますから、友人と談笑するシーンや真相を当てる推理シーンなど、様々な場面が用意されています。
これらのシーンはそれぞれが異なる速度感を持っていますから、場面の切り替わりに合わせて、速度感の変化をプレイヤーが感じられるように仕上げるのが、テキストADVの定石であると思います。
しかし、本作にはその変化がない。あえて、変化させないのです。
速度感の変化を感じさせるのに最も効果的な表現は、やはりBGM…音楽でしょう。音楽は明確なテンポを持った表現であるからです。少なくとも文章や一枚絵よりは、ずっと速い遅いを伝えやすい。
では『神田アリスも推理スル。』のBGMはどうなのかと聴いてみますと、なんと本作のBGMはその全てが、バラードのようなスローテンポ…遅い楽曲です。ドラムの音が無く、ピアノと弦楽器によるイージーリスニングのような聴き心地の楽曲のみで、本作は構成されています。
そのような楽曲に包まれているからこそ、本作の速度感はいつも静かで、穏やかであります。休日の朝、熱いコーヒーを少しずつ口にするような、緩やかな遅さに本作は満ちており、それは決して崩れません。
音楽と場面が調和し、静謐な時間を守る
もちろん、そのような音楽がもたらす速度感も、場面に合っていなければいけません。
音楽と場面の速度感のズレは、前述の通りプレイヤーに違和感や作品へのチープな印象を与えてしまうでしょう。
そして本作は、それがマッチしている。音楽と場面、それぞれの速度感が調和し、静謐な時間が流れる作品世界を作り上げています。
物語の舞台は「御幸森女学院高等学校」
季節は秋。敷地内の木々は紅葉し、冷たくも透き通った空気と、紅や橙の葉の隙間から差し込む陽光の風景はあちこちに見られ、背景ビジュアルや一枚絵にも多く取り入れられています。
主人公は友人らと時にふざけ合うシーンもありますが、シナリオライター志水はつみ氏は会話シーンでも地の文を多く盛り込む文体。加えて漢字、比喩表現を細かく用いるスタイルであり、これが緩やかな速度感と、作品世界の格調をどのようなシーンにも持たせます。
いかなる場面であっても、そこには色彩豊かかつ透き通った季節の風景と、純文学のような言葉での表現に重きをおいた文章があり、それが緩やかな時間の中の一幕であることを感じさせます。
このような文章表現、風景描写が作り上げる場面の速度感と、音楽の速度感。
二つが和合した本作は、いつもただ静かで穏やかであり、時間がゆるりと流れています。
この作品世界に身を投じること…時間の流れに身を任せ、揺られること。
この体験こそが『神田アリスも推理スル。』の、最大の魅力なのです。
緩やかな時間に揺られるような体験を
現実の世界に慌ただしさを覚えない人は…きっといないと思います。
学生だろうが社会人だろうが、誰もがToDoに溺れているでしょう。その慌ただしさは学業や仕事ばかりか、趣味の世界ですら同様になりつつあると感じます。流行はそれこそ毎日のように入れ替わり、振り返る間も味わう間もなく「次」が運ばれてきますから。
『神田アリスも推理スル。』は、その緩やかな作品世界の時間でもって、プレイヤーを慌ただしさから切り離してくれる。
この作品を遊んでいる間…作品世界にトリップしている間、確かに私は『神田アリスも推理スル。』の時間に揺られており、それがじつに心地よい体験であるのです。
総評
もちろん本作に欠点がないとは言いません。
プレイヤーをミスリードに誘おうとするあまり、不自然な言動や行動になっている場面は目立ちます。
志水はつみ氏の文章はクセがあるとも。教科書的な採点をすれば、△がついてしまうような一文は多くあります(氏は推敲、編集による正しい文章よりも、感じるまま…思い描くそのままの表現を大切にしているように感じます)。
トゥルーエンドへたどり着くのがやや面倒なのも、実にもったいない点。
攻略サイト使用をオススメします。
しかし欠点がある作品だと認識してなお、『神田アリスも推理スル。』の作品世界はそれを気にさせないほど魅力的だと断言できる。
プレイ時間4時間程度の短編。興味のある方にはぜひ一度、この世界を訪れ、その時間に揺られてみてほしい。
秋は決して、長くはない季節であります。
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