残穢 / 小野不由美
純粋な怖さのピークはごく序盤で、その後はヒヤッとするシーンもあるけれど、落ち着いている印象の方が強かった。
本書が言う、怪現象があったとして、それを怪異の仕業と見るか、そうでないと見るかは、その人の世界観に委ねるしかない…というのは、確かにその通りで、例えば夜中に変な音が聞こえたとします。それを「ひょっとして幽霊…!?」と思ってしまうのか、なんでもないと思うかはその人次第で、仮にその音が人のうめき声とかだったとしても、寝ぼけてたのかな~とか、風の音を勘違いしたのかな~とか、いかようにでも受け止められる。ただ逆に言えば、多くの“不明な何か”は怪異の仕業と受け止めることも可能で、本書で起こった怪現象の数々も、そう見ることができるし、見ないこともできる。アナタが今日、寝床について目を閉じて、するとどこからともなく聞こえてくる、何でもない音、でも正体が分からない音は、果たしてどちらでしょう。正解は無し。世界観次第なのです。
オチまで含めて、その怪現象の全てを読者の世界観に委ねきる描き方は、スゴいなと思った。例えばリングとかだと、もう幽霊ドカーンと出しちゃうからな。
明確に怖さが薄れたポイントとして、本書のキーワードである「穢れ」をシステマチックに解説するシーンがあった。これは面白いなと思った。というのも、やっぱり幽霊だろうが何だろうが、その発生のメカニズム…みたいなものをマジで解説されると、一気にサイエンスのエッセンスが増してきて、怖くなくなるのかもしれない。つまり、よく言われることだけど、恐怖は詳細が不明であることと密接に繋がっているのだなぁ…と。
ゴーストハント1 旧校舎怪談 / 小野不由美
面白いのは『残穢』で示した小野不由美の怪現象への解釈が本作では如実に表れていること。
怪現象とそれを解く霊能力者、巻き込まれることになった主人公を描いたキャラクター小説。ただ本書、やはり『残穢』同様に幽霊が実際に姿を現すことは一度もないし、怪現象にも全てエビデンスといいうか、幽霊の仕業ではないということを作品内で示してしまう。少なくとも本書において、科学で説明できない現象は起こらない。それでも怪異の仕業だと思うかどうかはあなた次第なのだ。
キャラクター小説としては、難あり。
というのも、キャラクターを一度に出したせいで見せ場が全くない人物多数。それどころかマイナスの印象しか残らないキャラの方が多いくらい。巫女さんと坊さん、性格悪すぎん?小野不由美の作品が力不足でこうなったとも思えず意図的だと解釈するけど、続編前提のキャラ小説でこれは思い切った描き方だなと。
小説におけるキャラの書き分けの点で、参考になる一冊でもあった。
この鍵括弧は誰の発した言葉なのか…をいかに読者に示すか?ということで悩んでいたんだけど、やはり小野不由美でもちょっとしたキャラの仕草をちまちま挟んで示している印象。例えばAさんが話すなら『Aは声を潜めて言った』とか『Aは低い声で話す』みたいな、シンプルな描写で、これから誰が話すのかを示す。描写の内容自体は凝っていなくても良いのかも。読者もそこまで見ていないか。
会話文の合間を独白で繋ぐやり方は『涼宮ハルヒの憂鬱』に通ずるものもある。
リカ / 五十嵐貴久
メンヘラ女から死ぬほど追い回されるホラー小説。
良いな、と思ったのは、主人公をしっかり愚か者にしているところと、少しコメディが入っているところ。
メンヘラ女って実在していて、本人自身も苦しんでいるはずなので、こうしてホラー小説のネタにするのは結構キケンだと思うんだけど、本書の場合、そのメンヘラ女がぶっ飛びすぎてて最早コメディの域。そのため実在感がだいぶ薄い。あまり現実に根差しすぎてしまうと、本当に傷つく人もいそうなので、こうして現実離れさせるのは1つのやり方…と言えると思う。まぁかえってバカにしてるようにも見えので、難しいですが。
そして何よりも、きちんと主人公の浅はかさが招いた結果としてのホラーであるのが良い。上記の理由からも、リカに罪を全て背負わせるのはかわいそうなので、一番悪いのはお前だろ!とツッコミをいれることができる主人公にしたのは良い。
文庫版の追加であるというエピローグは、自分には蛇足としか思えないな。続編があるらしいので、そのための仕込みにしか見えない。
乳と卵 / 川上未映子
芥川賞作品。
樋口一葉に強い影響を受けているらしい、文を閉じずに読点で延々と繋ぐ書き方は、確かにリズムがあって、ダラダラ続く印象がなく、読んでいて気持ちが良い。文章が指し示すものや、言及している対象すら一文の中で移ろうが、読者が混乱しないよう通る作りになっていて、その辺はさすがの技術と言いますか。
引っ掛かる…というか解釈しきれないのは主人公の存在。
ネット上の解説の多くが言っているように、母と子の物語として見ることもできるし、納得いくんだけど、肝心の主人公はそうでないんだよな。そして物語が主人公の心理で閉じられる以上、そこに作者が示した何かあるはずと思うんだけど、それが何かは分からない。母と子を見て、主人公が何を思ったのかを知りたい。
夕方の光と蛍光灯の光が小さく交差する湯気のなか、どこから来てどこに行くのかわからぬこれは、わたしを入れたままわたしに見られて、切り取られた鏡のなかで、ぼんやりといつまでも浮かんでいるようだった。
乳と卵 / 川上未映子 文春文庫より
このシーン。何を思う、主人公。
この世の喜びよ / 井戸川射子
芥川賞作品。
難しい小説だと思う。日常のやり取りを通して、過去が想起されいくさまは、「あなた」の二人称で語られる文体も相まって、確かにこみ上げる感動…は言い過ぎだとしても、染み入るものがある。
ただ…芥川賞作品に何をって話かもしれんが、やや意味の通りづらさを感じる文章ではあって、その辺は正にじっくり読む必要はある。人物の感情の動きもちょっと唐突というか、今ので何で怒ったの…?と理解しきれない部分はあったかな。
正直、芥川賞作品は自分の感性では、どこがいいとか悪いとか判断しきれない。いつも思うことだが。
ちなみに同時収録の短編2作はいよいよもって理解困難。何を示しているのかも分からなかったぞい。
涼宮ハルヒの憤慨 / 谷川流
『編集長★一直線!』と『ワンダンリングシャドウ』の二本を収録。ここまでくるともう未アニメ化エピソードしかない。
『編集長★一直線!』は新キャラである生徒会長の登場も含めて見どころ多し。特に朝比奈さんが書いた童話の語り口が面白い。長門の書いた小説も、謎だらけな長門の心理を垣間見るきっかけになって興味深い…が、キョンとハルヒは意味不明な小説としてしか見ていないので、大した意味はないのかもしれない。
『ワンダンリングシャドウ』は…このシリーズで初めて、あまり面白くないと感じたかも。
というのも、このパターンって過去に何度もやったよな…と。まぁオチは面白かったですが、話の構造は既視感が強くて、ハルヒシリーズ短編の王道に収まりすぎている印象を受けた。だいたい、事件の解決だけでなく、人物の意外な一面が見えたりするのがハルヒシリーズだと思うんだけど『ワンダンリングシャドウ』にはそれがなかったように思う。
終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか? / 枯野 瑛
正直、この1巻だけでは何とも言えない。異世界転生の亜種だと思う。
独自性があまり見えてこなくて「そんなところだろうな」って感想しか出てこない。主人公が再起するとして、どのような過程を経てそうなるのかは気になる。次巻からはアクションが始まるらしくて、また最後に示された巨大な伏線も良いと思うので、続きも読みたい。
風の音を「びゅごおおおおおお」とか擬音そのままで書いてしまうのは、あまり好きではない。
落ちこぼれでもわかるミクロ経済学の本―初心者のための入門書の入門 / 木暮太一
お勉強。教科書的な使い方をすると良いと聞いたので、ノートにまとめながら書いていたら一冊分になってしまった件。日常で使うわけじゃないからすぐ忘れるだろう。
正直、グラフとか数式が多すぎて辟易した…ミクロ経済学ってこういうこと勉強するんだーとは思った。
面白かったのは、基本的な部分ですが「限界効用は逓減する」という考え。
幸福とお金に関する本で、年収で得られる幸福はある程度のところで頭打ちになる…という話を知って、面白いなーと思ったんだけど、ミクロ経済学の考えを用いれば当たり前のことだったんだな、と。お金から得られる限界効用もどんどん逓減していると考えられて、大金持ちの人たちって、もうお金から得られる幸福度はほとんど無いんじゃないかな…と思った。
「落ちこぼれでもわかる」と題にありますが、実際は中学高校レベルの知識はある程度、求められます。自分は数学とか全く覚えてないし、需要供給曲線とかも、説明なしでいきなり挿入されるんで戸惑った。中学の公民で習ってるらしい。マジで?
今回のオススメ→『乳と卵』
万人受けはしませんが、芥川賞作品の中でも読みやすく、また短く、良さも伝わりやすい作品だと思います。人気作家の作品でもあります。
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